正常な世界にて
「今までつらかったんだよね! 私が助けてあげるから、もう大丈夫だよ!」
坂本君のカミングアウトに対して、あの女の子が先陣を切る。「ほら怖がってなんかいないよ」とばかりに、彼の手を強く握ってみせた。偽善者のパフォーマンスにしか見えない……。
「ちょっと待ってよ! 坂本君は私が養うんだからね! アンタんちよりワタシんちのほうが金持ちなんだからさ!」
「私なら、しっかり介護してあげられるよ! いとこが介護ヘルパーだし、いざというときも大丈夫!」
彼を取られてたまるもんかと、他の女の子も行動に移る……。
ADHDだろうがDHAでも、イケメンの彼を手に入れられるなら、別に構わないのだろう……。もちろん、すべてのADHDの男が、彼のような好待遇を得られるわけじゃない。
ただ、発情した彼女たちが、発達障害を軽く考えているようにも思える点には腹が立つ。自分が理解者であると装っているところが気に入らない……。
「おいおい! なんで、感動を繰り広げているんだよ? キチガイの坂本に殺されるかもしれないんだぞ? 最近のニュースを観てないのか? メチャクチャに殺されても、ヤツらは罪に問われないんだぞ!」
木橋が狂ったように叫ぶ。私の目には、彼のほうがキチガイに見えた……。
バチィン!
高山さんが急に立ち上がり、木橋に思いっ切りビンタを喰らわせた。高く弾かれる音が響く。
「おかしいのは、坂本君じゃなくてあなたよ!」
そして、高山さんはそう叫んだ。そのときの彼女の表情は、すべて怒りで構成されていた。自分が怒られているわけじゃないけど、仁王像が鹿に乗って逃げ出しそうなほどの恐ろしさがある……。
「…………」
高山さんにビンタされた木橋は、死にかけの魚のように、口をパクパクさせている……。あまりの衝撃に、言葉を失っているようだ。
「あなたから言われる前に、自分から先に言っておくね!」
高山さんはそう言った。私は即座に、高山さんもカミングアウトするつもりなのだと察せた……。
「た、高山さん!」
「みんな聞いて! 坂本君とは違う病気だけど、私も精神科に通っているわ!」
ああもう遅かった。
坂本君のときほどではなかったけど、教室はまた静まり返った……。