正常な世界にて
「まあそれぐらいにしなよ。逃げた一人は、懲りてもう来なくなる事を、今は期待しておこう」
楽観的な見解を述べる伊藤。大丈夫かな? 高山さんの件が少し心配になってきた。もしかすると、やって来た3人はどこかの暴徒の類じゃなくて、高山さんの組織の……。
とはいえ、余計な事を口にすれば、逃げた一人の後を今から追わされそう……。昨夜もだけど、もうクタクタで疲れている。危うく衝動的に言い出すところだった。
「今度来たら、ボクに撃たせてくださいよ! 丁寧な撃ち方ってのを見せてあげますから!」
坂本君は軽い口調でそう言い切ると、コミュニティのほうへ歩き出した。どうやら、彼は彼でかなり疲れているらしい。お酒の酔いにやられて、余計なことを言い出さなくて良かったよ。
ただ、坂本君はお酒の酔いにすっかりやられている。コミュニティへ戻る彼の歩き方は、典型的な酔っ払いのそれだ。まるでアニメに登場する酔っ払いを、そのまま再現しているみたい。
「私はもう少し彼から話を聞くよ」
「うんうん」
伊藤の声に振り返りもしない坂本君。普段よりもさらに軽い調子だ。
ふと右を見ると、坂本ママがすぐ近くにいた。明かりがあるとはいえ、突然の出現にビックリしてしまう私。
「大丈夫?」
母親として、酔っ払う自分の子供が心配になるのは当然だね。余計な心配をさせる坂本君は、彼女に感謝すべきだ。
「大丈夫! 大丈夫! 大丈夫!」
私がいて恥ずかしいのか、坂本君は母親の助けを拒否した。酩酊状態でも、男としてのプライドは死守したいらしい。女性をさらに困らせる類の強がりだね……。
とはいえ、やはり助力が必要だったようで、彼はだらんとうつ伏せで、道路上に倒れこんでしまう。相当呑んでいたらしく、強烈な酒の臭いを口から吐いている。ゲロを吐いていない事が不思議に思えるほどだ。
路面で頭を打ちはしなかったものの、彼は起き上がれずにいる。ここはコミュニティ内で、今は六月だけど、そこで酔いが収まる翌朝まで寝てもらうわけにはいかない。
「比奈ちゃん。右肩をお願いするね?」
坂本ママが私にそう言った。
クラブのママでもあるから、酔っ払いの取り扱いには慣れているんだろうね。その酔っ払いが、自分の息子という事実に、彼女がどう向き合うのは気になるけど。それから、彼女に下の名前で初めて呼ばれたことも気になった。単純だけど嬉しいね。