正常な世界にて
【第34章】
コミュニティの広場から道路へ出たところで、鳴り響いていた銃声は止む。ゲートからはその代わりに、怒号や悲鳴が聞こえてきた。坂本君らしき声も聞こえたが、その口調には酒酔いが感じ取れる。カッコつけて、かなり飲んだに違いない……。
坂本君の肝臓を心配に感じ始めて間も無く、私はゲートに到着した。10人ぐらいの人々がそこにいて、現場はざわついている。
「かなり深く刺されてる……」
「最近の女は強いな」
「どこのヤツらだ?」
「知らないよ。ヨソ者じゃないか?」
口々に話す人々の間をすり抜けると、坂本君と伊藤を見つけられた。彼らは今、さっきゲートへ出向いた男と話している。
ふと左に目をやると、あのお爺さんが仰向けに倒れているのが見えた。白い月明かりが、流れ出る血を仄かに反射させる。フルオープンな両目は、お爺さんが完全に死んでいる事実を、わかりやすく教えてくれた……。
ゲートにいた男は、返り血を浴びたまま棒立ちしている。彼の周辺には、無数の空薬莢が散らばりまくり、転倒の恐れを生じさせていた。暗いから足元に気をつけないとね。
「こんなに撃ちまくる必要は無かっただろ!?」
男を問い詰める坂本君。お酒の勢いもあり、大人相手に強気な姿勢だ。
「いやいや、そいつらすっごく早く動くんだもん! 撃ちまくらないと当たらないよ!」
ゲート係のほうも酔ったままで、おかしな強気さが込められた口調で話している。
「あの、何でこんな事に?」
恐る恐る伊藤に尋ねる。もちろん、彼はシラフのままだ。
「ゲートに来たのが、また変な人だったのさ。でも、女性3人組だから油断しちゃったみたい。こっちは二人殺されて、向こうは二人死亡。そして、一人逃亡ね」
伊藤は苦々しくそう話す。
彼の背後を覗くと、3人分の死体をそこに見つけられた。その女性3人組のうち二人の死体と、ゲートに来ていたもう一人の死体だ。
女性二人の死体は、生き残りの男が過激に撃ちまくったせいで、酷い損傷を受けている……。服装と体格的に女性なのは把握できたけど、これでは死体に慣れた刑事が見ても、どこの誰なのかはわかりづらいはず。
ただ、そんな血溜まりの中に、さりげない存在感を放つ小物を見つけられた。それはヘルプマークで、どうやら二人とも付けていたらしい……。きっと、逃げた一人も付けていたに違いない。
これは気持ちがいい結果ではないね。
「お前が撃ったのはマガジン2つ分だぞ! 60発分! 無駄遣いしないでよ!」
ところが坂本君は、弾の事で怒っている。誰なのかわからなくなるほど、銃弾を撃ち込んだ事じゃなくてね……。