正常な世界にて
もしビールを飲む最中だったら、盛大に噴き出している。それこそ、漫画の1コマみたいにね。
「な、なんで知ってるんですか!? 高山さんのこと!」
想定外な話の流れに、私は戸惑いを隠せない。名前だけならともかく、高山さん関係の複雑な事情を、この伊藤さんが知っているようだからだ……。
とはいえ、私自身が彼に話した覚えは無いから、坂本君がペラペラと話してしまったことは予想できる。坂本ママぐらいなら大丈夫なはずだけど、無関係な人にまで話しちゃうのはマズイじゃないか……。
伊藤は周りをチラチラと伺う。すぐ近くには誰もいないし、お酒で飲んで盛り上がった雰囲気なので、聞き耳を立てられる心配は無さそうだ。この様子なら幸い、彼は他人に話してないね。
「坂本から何度か相談受けててさ。高山とか面倒事の話はもう知ってるよ」
彼は小声で打ち明けた。坂本君は坂本君で、悩むときがあるんだね。良い意味でいつも明るい彼にしては意外だ。
「かなり怖い組織だったみたいだね。でも、もう心配し過ぎなくて大丈夫な相手だよ」
「え?」
どういうこと? だった?
「深刻な人手不足で弱くなってるそうだよ。敵じゃない私たちを、わざわざ襲う余裕なんて無いはず」
高山さんの組織がそんな事に……。初耳の話だけど、それは坂本君の想像じゃないのか?
「実は、今年の初めに勧誘されたことがあってね。坂本から良くない話を聞いてたから、丁寧に断ったんだけど、気になって調べてみたんだよ」
この人は水素式の重機関銃を自作してしまうぐらいだもんね。彼が勧誘されたのは納得できる。
「そしたら、去年の秋に大きな人材流出あったみたいでさ。だからきっと、私に白羽の矢が立ったんだろうね。断ってさらに正解だったと思うよ!」
伊藤は半笑いでそう言った。
この話は朗報と言っていいものだけど、喜ぶことは全然できない。なぜなら、高山家のクリスマスパーティでの一件があるからね……。干からびた死体の話じゃなくて、その直後の話だ。
去年の秋から組織が弱体化していたという事は、あのパーティが開かれた時点で、私たちのほうに勝ち目が出てきていたというわけだ。つまり、あの日の高山さんの発言や態度は、ハッタリだったということになる。
勇気を持って行動していれば、こんなリセットは避けられたかも……。