正常な世界にて
【第33章】
「ほら、MVP!」
「どうもどうも!」
「こっちのワインも飲んでみろ。かなりの年代物だ」
坂本君は大人に囲まれながら、楽しく愉快そうに酒を飲んでいる。私も彼もまだ17歳だけど、よくゴクゴクとお酒を飲めるものだ。ひょっとすると、世界がこんな有り様に成り果てる前から、よく飲んでいたのかもしれない。
ただこれは、坂本君だけに限った話じゃないけど、ああいう具合に飲み食いを派手にやられると、今後の蓄えが不安になる。なにしろ、自分自身も苦労して入手した経緯があるので、強くそう思うのだ。
私たちが集めた物資やあの公園での収穫、それからゲートでの攻防戦。流れや助太刀もあったけど、それらの活躍のおかげで、あの親子の保護を、コミュニティの人々は快く受け入れてくれた。
そして、コミュニティ内の広場で開かれている、この宴会は、そのお釣りみたいなものというわけだ。それなら、私も私なりに食べたり飲んだりして、この場を楽しむべきなんだろうね。お酒を飲んで酔っ払えば、すっかり気が晴れて楽になれるかな?
私はそう思い立つと、クーラーボックス内から缶ビールを取り出した。食卓やテレビCMでは何度も見かけた缶ビールだけど、口をつけるのは今回が始めてだ。もはや幸運とも言えないけど、周囲の大人たちは、みんなスルーしてくれた。
よく冷えた缶の感触を、両方の手の平で感じつつ、私は席(ただのパイプイスだけど)に戻る。隣りの席に、ソニーの携帯ラジオを抱えた伊藤が座っていた。ラジオ放送に耳を傾けているところだ。どうやら彼は酒がダメらしく、足元にコカコーラの缶を置いている。
『名古屋自治政府です。警察が事態の収束に当たっています。名古屋市内の避難所は、すべて閉鎖されました。ドアや窓の鍵を締め、屋内で待機してください。名古屋自治政府です。警察が事態の収束に当たっています』
ラジオから流れる音声は録音らしく、同じ内容をひたすら繰り返していた。最新情報は得られそうにない。
「この様子だと、名古屋自治政府は終了みたいだね。元々期待してなかったけど」
伊藤が私に言った。彼は、同じ内容を垂れ流し続けるラジオをオフにする。
「そうでしょうね」
これは正直な本音だ。話を合わせたわけじゃない。