正常な世界にて
火事場の馬鹿力なのか、私はボンネットをパパっと進み終えられた。ボンネットから路面へ無様に落ちたぐらいだし、坂本君のような華麗さは無かったけどね……。
車の陰に座り込んだ私の頭上を、銃弾が何発もピュンピュンと通過していく。鳴り響く銃声なんて説明するまでもない。
「この人たちを連れてくよ!」
「わかった! 伊藤さんや応援も頼んだ!」
ゲート係の片方が、親子をその場から離れさせる。自閉症の男の子が心配になったけど、幸い大人しいままだ。母親の真似をするように、両耳を覆っているぐらいだから大丈夫だろう。まあもしかすると、こんな酷い状況に慣れ始めているのかもしれない……。
ブルの軽機関銃、兵士たちの自動小銃。合計約20丁の銃から放たれた銃弾が、ゲート全体にダメージを喰らわせていく。肝心のゲート部分である2台の車は、早くも廃車の姿に成り果てていた……。私たちはゲートで身を隠しつつ、反撃の機会、もしくは彼らが諦めて帰る奇跡を待つしかない。
「持ちそう!? ここは持ちそう!?」
坂本君が車のドアをコンコン叩くと、窓枠に残っていたガラス片がパラパラ落ちていった。
「伊藤さんの指示で、積んだり繋げたりしたから、まだ持つはずだけど」
「そんな……」
私は思わず呟く。もしここが突破されでもしたら、兵士たちはコミュニティへそのまま雪崩れ込んでしまう。もしそうなれば、さっきの親子は……。
絶望的な近未来を思い浮かべたとき、銃声が止んだ。兵士たちが諦めて帰っていく奇跡を願ったけど、そうはいかなかった。
ブルが軽機関銃のリロードを行なっている。自動小銃と違い、少し時間と手間がかかるみたいだね。
「チャンスっぽいね」
坂本君の言うとおりだね。これは立派な反撃できる機会だ! ……しかし、そこでおかしな事に気づいた。なぜ、自動小銃のほうまで発砲を止める?
その回答はすぐに判明する。周りの兵士たちが、一斉に突撃を始めたのだ。アスファルトの路面じゃなければ、モワモワと砂埃が舞う光景だね。
多分、リロード中のブルを守るだと思う。どうやら、チームワークは意外と取れているみたいだ。ダウン症の彼らにも、他人と連携する能力はあるらしい。昨日の地下鉄での件があるから、バカにしつつ油断してた……。