正常な世界にて
しかし、私の目の前にまだ、あの親子がいる。正当防衛とはいえ、年寄りに顔面キックを喰らわせるシーンなんて、見せられたもんじゃない。パンチラまでしたら、さらに教育上良くないしね……。
「おいおいジイさん! タダでJKの足を掴むなんて、図々しいぞ! そもそもお触り禁止だ!」
坂本君が言った。教育上良くないセリフを堂々とね……。
「パンツ見られたんじゃない?」
「後先無い年寄りはホントいいよな」
ゲート係の男二人まで、そんなセリフを吐いた。国がまだあった頃なら、3人セットで慰謝料を請求してやるところだ!
「ジイさん、離せ!! おい、早く離せ!!」
坂本君が大声で言う。ほんの数秒前まで、ニヤニヤ笑いを浮かべていたのに、態度がすっかり急変している。脅し文句を無意識に呟いてしまったかな?
「ワシも中へ入れろ!!」
「黙れジジイ!! 今すぐ離せ!!」
坂本君がボンネットに飛び乗り、私の足からジジイの手を引き離そうとする。
飛び乗った瞬間に起きた、ボォンという轟音と振動に思わず驚いた私。だけど、ジジイの向こう側に、ブルおよび兵士たちの姿が見えた途端、そんなビックリなんてどうでもよくなる。十分に予想できた展開とはいえ、ホントにうんざりな気分だ。
「オオオオオオオッ!!」
ブルなのかはわからないけど、兵士たちのほうから雄叫びが聞こえてきた。間違いなく、銃撃再開の合図だろうね。
「あっち行けジジイ!!」
ボンネット上で慣れない姿勢の中、坂本君はようやく、私の足からジジイの手を離せた。
力強く除けられたジジイは、硬い路面で尻餅をつく。平常時なら、ジジイの尻骨が心配されるだろうけど、今は非常時だ。まあ元々、年寄りはそこら辺にいるものだ。
「なんて乱暴な!!」
ヨレヨレと立ち上がってみせたジジイ。幸か不幸か、体は大丈夫みたいだね。顔はすっかり真っ赤に紅潮してるけど。
「ワシはオマエラよりも長く生きてっ!!」
怒鳴り始めたジジイの口から、ひしゃげた総入れ歯が飛散する。同時に血も飛び散り、私の膝下を赤く汚した。
「キャア!!」
鮮血とはいえ、素肌なので冷たさを感じる。失礼なジジイは、私の悲鳴を聞く暇も無いらしく、後頭部と口から血を垂れ流しながら、その場にバタンと倒れた。
ブルや兵士たちが、威勢よく撃ち始めている。射撃再開直後の初弾により、ジジイの命は見事刈り取られたわけだ。当然、尻餅から立ち上がる姿はもう見られない……。