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正常な世界にて

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 男の子は、小学校低学年ぐらいだ。私のほうをじっと見ている。本人は無意識だと思うけど、典型的な救いを求める瞳だった……。
 それから母親は、疲労感を顔にモヤモヤと浮かべていた。それを隠す余裕すら、今は持ち合わせていないらしい。とても演技には見えず、この二日間で一生分の苦労をしたように見えた。保護するための理由は、これで十分だ。

「わかりました。どうぞ、向こう側へ行ってください」
私はそう言った。自分でも驚くぐらい、ハキハキとした口調でだ。
 ここまでハッキリ言えたのは、罪の意識が思った以上に強く働きかけてきたからだ。もちろん、衝動性もいくらかね。
 とにかく、私が今できる行動は、この親子を保護することだ。坂本君や他の人は、私が絶対に説得してみせる。

 ただ、ゲート係の男二人は、互いに顔を見合わせながらも、止めようとはしない。坂本君なんて、黙って頷きまでしている。さすがの彼も、ここは良心に基づいてくれたらしい。腕につけた腕時計が4本に増えていることなんて、たぶん関係ないね……。
 近くにいるジジイが、私を無言で睨みつけているけど、スルーしておこう。ここで下手に何か言えば、付け込んできそうな気配だからね。


「気をつけてね?」
男の子は、自分の力だけでボンネットを乗り越えていく。元気がまだ残っていることを知り、私は心の中でほっとできた。
 その時気づいたけど、男の子はズボンからヘルプマークを吊り下げていた。雰囲気的に、知的障害じゃなくて自閉症だろうと、私は確信できた。男の子と母親が収容所送りを逃れた理由が、これで判明したね。
 ボンネットの向こう側にいた坂本君が、男の子の手を引き、地面に立たせてやる。彼や男二人もヘルプマークに気づき、なるほどと納得していた。
「もしかして、この子は自閉症ですか?」
男の子を追い、ボンネットを越えてきた母親に対し、ゲート係の男が言った。余計な口出しをするのは、坂本君の十八番だけど、彼もそうなのかな? まあ、私の判断でこの親子を入れるわけなので、文句は言えない。
「ええ、そうです。……でも、おとなしくさせますから!」
母親は戸惑いを隠せない。少なくとも明るくない、デリケートな話題なんだから、当然の反応だ。母親としての苦労話は、きっと長い物だろう。
「軽度ですが、俺とこいつもそうなんです。確か、この二人も発達障害だったはずですよ」
男は言った。デリケートかつプライバシーの話なのに、ちっとも包み隠さずにね……。坂本君の口の軽さを、改めて知ることができたよ。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん