正常な世界にて
私はここのリーダーではないし、誰でも簡単に保護していいわけじゃないことぐらいは察することができていた。
「すいません! すいませんけど、他の場所へ逃げてください! 早く!」
私はそう言うしかなかった。だけど私の中で、罪悪感がモクモクと湧き上がっていく。まあ、当たり前の反応だ。
「そんな!! この子は私が守らなきゃいけないんです!! 旦那が収容所から帰ってくるまで、私が頑張らなきゃいけないんです!!」
母親は叫ぶ。これもお馴染みのセリフだ。映画、アニメ、漫画、小説。それらで何度も聞いたり、読んだことがある。だけど実際に生で聞くと、心に強く感じるものだ。
……いや、私個人とっては、とても強烈にだ。
彼女の旦那は、例の収容所へ送られたらしい。明るい噂話1つ流れてこない、あのヤバイ強制収容所へだ……。そういえば、『矯正収容所』が正しい名前だったね。
つまり、あの不透明な脳の検査結果に基づき、その旦那さんも収容所へ送られたわけだった。暗い情報が自然に流れてこないところを考えると、かなり酷い場所なのは確かだ。
そんなわけで最近、愛知県内の収容所で集団脱走が起きたらしい。しかし、その旦那さんが未だに帰宅していないことを考えると……。
私自身がその人を強制収容所送りにしたわけじゃない。検査結果どころか、顔や名前すらも知らない人だ。実際に連行したのは、第二十一特別支援隊だろう。
……とはいえ、完全に無関係で無罪だとは断言できない。私や坂本君は、事の真相をある程度は知っている境遇だ。高山さんが、強制収容所など一連の企みに加担している事は、本人の言葉も含めて知っている。もしあの時なんとかすれば、状況が改善したか、時間稼ぎ程度にはなったかもしれない。
あくまで仮定の話とはいえ、その人が強制収容所送りにならなかったかもしれない。つまり、完全に無関係で無罪というわけじゃないわけだ……。
坂本君は、それを否定するだろうけど、その気持ちは理解できる。肯定してしまえば、精神を病むほど、猛烈な罪悪感を喰らうはず……。なにしろ私は、自分はただの傍観者だと、死ぬまで思い続けられるほどの根性は持ち合わせていない。
どちらにしても、彼らを保護することは人助けになる。しかし、安易な行動は危険だ。
私は、男の子と母親の風貌を観察する。判断材料を探るためだ。保護するための別の理由、もしくは保護せずに済む理由が見つかるかもしれない。