正常な世界にて
【第31章】
死の恐怖に急かされつつ、軽トラまで戻れた私たち。だけど、ブルや兵士たちの追跡は続いていて、流れ弾がヒュンヒュンと飛んでくる。アスファルトで跳ねた銃弾が、軽トラのナンバープレートに当たり、軽い金属音を鳴らす。跳弾でも体に当たれば、大ケガだろうね……。
水泳選手が飛び込むように、私たちは車内へ逃げた。しかし、車の正面は公園側へ向いていて、死の恐怖は全然収まらない……。今にも銃弾が、フロントガラスを貫通して襲ってきそうだ。
「早く! 早く行こっ!」
「わかってるって!」
坂本君が、突き刺すようにキーを勢いよく差し込んで、エンジンをかける。安っぽい音だけど、エンジンは元気よくかかってくれた。日本車万歳!
坂本君は軽トラを勢いよくバックさせる。ブルを先頭に、公園からぞろぞろと出てくる兵士たち。まだ仲間がいたらしく、20人ぐらいの集団だ……。
とはいえ、距離が取れつつあり、彼らの姿は小さくなっていく。しかし、銃弾が次々に飛んでくる状況はなかなか変わらない。
そして、ちょうどその時、フロントガラスに大きなヒビが入った。流れ弾の1発が運転席側の端っこで貫通している。高速の銃弾は、車のフロントガラスなんて、プスプスと簡単に貫いてしまうと実感できた……。
「クソッ!」
坂本君は悪態をつくと、ハンドルを乱暴に切り、車を急反転させた。背中側は、鉄板とシートが守ってくれている。頑丈さは期待できないけど、流れ弾を真正面から受け止めるよりかはマシだ。
「飛ばすよ! すぐ近くだけどさ!」
勢いよく急発進した瞬間、私の背中がシートに埋まりこむ。ジェットコースターみたいな感覚だ。急ハンドルの直後ということもあり、私は少しだけ気持ち悪くなる……。
車酔いに陥らないよう祈りつつ、私はバックミラーに目をやる。ブルや兵士たちの姿は、かなり小さくしか見えない。飛んでくる銃弾も、かなり減ってくれている。
「時間的にも方向的にも、このまま家に向かうしかないなぁ」
坂本君が、苦々しい表情を浮かべながら言った。車内に差し込む日光は、黄色からオレンジ色に変わりつつある。
あの公園とセンターガーデンは、あまり離れていない。1本東の筋へ移り、少し進めば到着だ。だけどそれは、兵士たちが追跡しやすい道のりでもあるわけだった。
坂本君が車を左折させる。バックミラーに、兵士たちの姿が見えなくなる。その数秒後、彼が再びハンドルを切り、今度は右折だ。これで流れ弾も見えなくなった。とりあえずはね……。
私の悪い予想は、ホントによく当たる。体のどこにも銃弾が当たっていない事は、幸運の証だとは思うけど。