正常な世界にて
坂本君一人だけで行かせるのは心配だったから、私も早足で追いかける。持ち慣れていないライフルはとても重い。これを手に走るだけで、ダイエットにもなっちゃうね。
先に着いた彼は、グラウンドを眺められる木々の間に身を隠し、双眼鏡で様子を伺っている。普段行わわている草野球でいうと、私たちは外野側にいた。地べたへの抵抗感はまだ拭えないけど、私は再び伏せ撃ちの姿勢を取る。
「ホントに盗む気?」
「盗むんじゃないよ。アイツらには棍棒ぐらいで十分さ」
彼は双眼鏡を覗き、グラウンドにいる兵士たちを目で追っていた。兵士たちのそばには、避難者の集団がいる。先ほど通りかかった人も見つけられた。
「なんか変……」
スコープを覗く前から、その場が異様な空気で満ちていると感じていた。その原因は、スコープで見回した途端に、すぐ判明する。
公園のグラウンドは、確かに避難所にはなっていた。だけどそれは、広い意味や好意的に見てというレベルの話だ……。
兵士たちは、避難者たちに度々銃口を向けて、命令および威嚇している……。「だまれ!」とか「すわってろ!」という大声を発しながらだ。さっきの威嚇射撃もそうだけど、民間人を保護している雰囲気じゃない。トゲトゲが鋭い鉄条網が、避難者たちをぐるり包囲し、虐殺すら始まりそうだ……。きっと、昼間の住宅街で見かけたトラックも、ここへ向けて走っていたに違いない。
とはいえ、自衛隊の兵士たちが、なぜここまでするのかは、さっぱりわからなかった。リセット前も、身柄を拘束される出来事は、社会で起きていたけど、これについては理由がわからないのだ。そのこともあり、不気味かつ不穏な空気が濃く漂っている……。
「なあ、森村? アイツらを殺して、みんなを助ければ、感謝までゲットできるんじゃない?」
坂本君は、ニヤニヤ笑いを浮かべながら、私とライフルに目をやる。物欲だけじゃなくて、名誉欲まで強烈になってきたようだね……。
「それに、銃の練習もできるしさ?」
考えは合理的だけど、彼の欲望に付き合わされる感じは拭えない。
「とまれ!! おいとまれ!!」
「こっちにくるな!!」
グラウンドの兵士たちが、口々に叫び始める。これは、私たちでも避難者たちにも向けられた声でもなかった。
なんと公園内に、ハシゴ付きの消防車が入ってきたのだ……。赤く大きな車体が、緑色な木々の中から飛び出してくる形で、ここから見ても迫力がある登場だった。一塁側から現れたそれは、ベンチをバリバリと破壊しながら、そのまま走り続ける。
ウ〜〜〜というお馴染みのサイレンが鳴り始め、赤色灯も光り始めた。だけど、消防車が向かう先は、火事は起きていない。しかし、兵士や鉄条網に包囲された避難者たちはいる。これはきっと、避難者たちを助けに来たんだ! 銃の鹵獲が第一目標の、坂本君とは違う人間だと願いたい……。