正常な世界にて
「大丈夫! ボクらは狙われてない!」
坂本君はそう言いつつも、ピストルをしっかり握りしめている。私は恐る恐る、ライフルのスコープを覗き、さっきの避難者たちを探す。自分を狙う人の姿が見えたらヤバいけどね……。
カラスたちは皆飛び立っていたけど、避難者たちはまだ走っていた。幸い、誰も撃たれていない。だけど、顔に浮かぶ恐怖心や焦りは、一分ほど前よりも強烈だ……。
「兵士がいる」
避難者たちの最後尾に、自衛隊の兵士たちがいた。緑色の迷彩服のせいで、姿を視認しづらいけど五人はいる。
「第二十一特別支援隊の連中だろうね。避難者の護衛なんて珍し」
ここでまた同じ銃声が鳴り響く。彼らが構える自動小銃が、次々に火を吹くのを目撃した。
どうやら彼らは、どこかにいる敵への応戦じゃなくて、避難者たちを急き立てるために撃ってるらしい……。弾が命中した人はいない様子だけど、立派な税金の無駄だ。
そして、さすがにカラスたちも、公園の外へ飛び去っていく。平和ボケした鳥頭でも、ようやく異常事態を察知できたらしいね。
「すすめ! はやくすすめ!」
兵士の急かす大声が、ここまで聞こえてくる。既に避難者たちは全力疾走だけど、彼らには不十分らしい。
避難者と兵士たちは、公園のグラウンドがあるほうへ去っていった。スコープ内には、人もカラスも映らない。おまけに、銃声がまだ時々鳴り響いてくるせいで、飛び去ったカラスは戻ってこない。
これは残念だけど、1発も撃てずに、今回の練習は中止だね。私以上に、坂本君は残念がるはず。
……そう思ったけど、坂本君の目は輝いていた。残念で悔し涙を流しているわけじゃなくて、幸運が舞い降りた的な表情を浮かべている。これは悪い予感がしてきた……。
「アイツらの銃を貰おう! 税金で買った物なんだから、ボクらが使ってもいいに決まってる!」
ほらほら、予感は的中だ……。悪い予感はホント当たりやすい。
「今はこれもあるから十分だよ!?」
「不十分! 自動小銃も欲しい!」
子供みたいな声を上げる坂本君。彼の酷い物欲に付き合わされるのは、これで何度目だろう。まあ私は私で、強い好奇心に突き動かされ、彼を巻き込んでるけどね……。
そして、早くも彼は、グラウンドがある方向へ歩き出す。つい今まで私に、このライフルの練習に集中させていたのにね。なんだか、このライフルが可哀想な存在に思えてきた……。