正常な世界にて
どうやら、その人々は、この千種公園へ避難してきたようだ。重そうな荷物を抱えた人が多いからね。それに皆、この混乱で疲れている風貌を晒している……。
「ああ、この公園も避難所だった。向こうのグラウンドで、寝泊まりできるんだろうね」
木々が邪魔で見えないけど、あっちのほうで、避難所が開かれているらしい。襲撃されずに機能している避難所がまだあることは、多くの人々にとって救いだ。
その避難者たちが、通り過ぎるまで待つ。できる配慮だ。幸い、カラスたちは平然と、その場で戯れ続けてくれている。最後尾の人が、スコープの右側へ消えると、私は再びカラスに、照準の先を合わせる。
ところがその直後にまた、避難者たちが10人ぐらい現れた。どこかの避難所から移ってきたのかな? さらにその左側にも、避難者たちの姿が見えた。
「う〜ん」
スコープから目を離し、ライフルを構え直す私。しばらく待つしかなさそうだね。
「……気をつければ大丈夫じゃない?」
「いやいや、練習中だよ?」
私がそう言うと、彼は軽くため息をついてから、双眼鏡を再び覗く。ほんの少しでも早く、私に銃の扱いになれてほしいようだ。
しかし、ついさっきなんて、暴発させてしまった。それに、スコープの照準通りに撃てたとしても、そのまま的中させるなんて、まだありえない話だ。急かさないでほしい。
「さっさと通り過ぎろよな。……おっ、やっと走ってくれた!」
彼がそう呟き、私はスコープを覗く。さっさと練習を済ませたい気持ちまで湧いてきたところだ。
……スコープ内で、避難者たちは必死に走っていた。反対方向へ逃げているわけじゃないけど、何かおかしい。みんな、恐怖心と焦りを、顔に強く浮かばせている。転んだ男の子を、母親が大急ぎで起き上がらせた。その子は、痛みを訴える余裕すら無く、母親にグイグイと引っ張られていく……。
「メシがもう底をついたとかかな? あいつらがカラスを食べ始めたら、練習に困るね」
坂本君が冗談を飛ばしたけど、私はスルーした。もし食べ物の奪い合いに巻き込まれたら、この銃を人に向けなくちゃいけないことになるはずだ……。
タタターーーンという尾を引く銃声が、数発分聞こえてきた。そう遠くない方向からの銃声で、私は地面に顔を伏せる。土の臭いが鼻につくけど、今はそれどころじゃないし、慣れる以前の話だ。