正常な世界にて
【第30章】
千種公園で私は、ライフルのスコープを覗きこんでいた。ライフルを再び構えた私は、草木の中で伏せ撃ちの姿勢だ。自分で言うのはアレだけど、戦争映画の狙撃兵みたいだね。とはいえ、地べたに伏せる事への抵抗感はまだある。
銃口の先には数羽のカラスがいて、彼らは公園事務所付近でたむろしている。言うまでもなく、私がこれから撃つ的は彼らだ。カラスを撃つ機会が訪れるなんて、想像すらしたことが無い……。
カラスは賢い動物らしいけど、私たちには気がついていない。気がついた途端、一斉に飛び立ち、東山公園にでも飛び去るだろう。
「ホントにカラスなんて食べられるの?」
すぐ隣りに坂本君が伏せている。彼は、コンビニで調達した双眼鏡を使い、同じようにカラスを見ているはずだ。
「ホントだって。カラスの肉を料理する動画を、前に観たことがあるし」
あのカラスたちを、射撃の的だけじゃなくて、食糧として活用しようというわけだ。まあ、狩りという形を取れば、銃の練習で弾を使いまくっても許されるはず、という事情もあるけど。
「ゴミを食べてるから、肉が臭いんじゃない?」
カラスがゴミ置き場を漁る映像が、脳内で鮮明に再生される。袋が破れ、飛び出る生ゴミ。それを美味しそうに啄むカラス。そのままじゃないにしても、生ゴミが彼らの血肉へ化けるわけだ……。
「……まあ、臭いらしいけどさ。でも、それも慣れだよ慣れ。今やってる銃の練習と同じで、すぐに慣れちゃうよ」
「う〜ん」
ラム肉みたいな臭みなら、慣れれば食べられるけど……。抵抗感は拭えない。
「それより練習に集中しなよ。グルメなのはいいけどさ」
いや、そういう問題じゃない。美味しいかじゃなくて、食べられるかの問題だ……。食品ロスの一種にもなりかねない。
とはいえ、今は銃の練習中だ。後でじっくり話し合えばいい。私は頭を軽く回し、気を取り直す。
再びスコープを覗くと、カラスたちがまだたむろしていた。野生動物には、人間社会の大きな変化なんて、理解できないか興味ないに違いないね。彼らは彼らなりに生きているのだ。
大自然の雄大さに心が移りかけつつも、私は照準の先を、一番手前にいるカラスに合わせる。仲間と会話中だ。狙う私は、引き金に指をそっと触れさせる。
「じゃあ、撃つよ?」
「うん」
坂本君の返事を聞き、私は引き金を……。いや、引いちゃダメだ。
スコープの左側から、歩く人がやってきた。10人はいる。カラスたちの背後を通り過ぎる形なので、今撃つのは危ない。
「やっと普通の人間がいると思ったら、こんなタイミングでかよ」
双眼鏡を覗く坂本君が、舌打ちを飛ばした。まあ、構わずに撃てと言わないだけ偉いね。