正常な世界にて
そのライフルには、アクション映画のスナイパーが使うようなスコープが着けてあり、銃身の手入れも十分そうだ。それに、マガジンや予備の弾が詰まった箱や備品類が、金庫内のスペースを埋め尽くすように入っている。金庫を開けた人、本来はご遺族がすぐに使えるようにしてあったのだ。これら全てを持ち帰るのは気が引けるほどに……。
私と坂本君は、その家を後にする。ライフルは坂本君が、弾薬その他は私が持った。家で見つけた吉田カバンのボストンバッグ内で、弾薬箱がカチャカチャ鳴っている。100発以上は確実にありそうだ。この輝かしい収穫のおかげで、今日の銃集めはこれで終わりになった。この事自体も、あの老夫婦には感謝しないとね。これで、本来の物資調達に戻れるからだ。
「これならクールに大活躍できるよ! 颯爽とね!」
木目が美しいライフルを手に、坂本君は嬉しそうな表情を浮かべている。ご満悦そのものだね。男というのは皆こうなのか?
「撃ちたいな! 早く撃ちたいな!」
ヤバめなことを口走っている彼……。私が彼の恋人で良かった。……いや、良くないのかな?
軽トラの元まで戻った時、住宅街のどこかからか、鳴り響くエンジン音が聞こえてきた。重く唸るような音で、地響きまで起き始めそうだ。
「伏せてて!」
坂本君はそう言うと、私の頭をパンパンッと叩いた……。軽くとはいえ、女の子の頭を叩くのは無礼だ。
「叩かないでよ!」
軽トラの陰に身を隠しつつも、声を出さずにはいられなかった私。
「ごめんごめん!」
彼は咄嗟に平謝りすると、ライフルを構える。差し迫った危険があるらしく、もう何も言えなくなった……。
仕方ない。覚えていたら、後で説教させてもらおう。女の子にとって髪とは、とっても大事なデリケートゾーンだ!
車の陰からそっと見ていると、自衛隊のトラックが見えた。その車は、住宅街の狭い道路を疾走していく。しかし、もはや暴走に近い走り方していた。狭く見通しが悪い道を走っている自覚が無いのか? それとも、飲酒運転でもしてるのか?
衝突されたゴミ置き場は、派手に破壊され、破れたゴミ袋の中から、汚く瑞々しい生ゴミが散乱した。すると、カラスの集団が来襲し、生ゴミを啄み始める。彼らが平らげてくれればきっと、異臭がたちこめる事は無いだろう……。