正常な世界にて
空のピストルを構えつつ、2階への階段を上がる私。人の気配はまったく無いけど、銃口を下げたくない。弾はゼロだけど、脅しには十分だ。なんだか自分が強くなった気すらする。……これは危ない感想なんだろうね。
2階に上がると、廊下にドアが4つあるのが見えた。一番地味なドアがトイレで、あとは個室だろう。あの高山さん家よりは劣るけど、これでも十分にお金持ちの家だね。
私は、近くから順番にドアを開けていく。トイレはもちろん、やはりどの部屋も無人だった。犬や猫もいない。
それはともかく、最後に開けた部屋は、いかにも書斎ですといった雰囲気に満ちた空間だった。立派な机や書棚が、きれいに整えられている。ここで、さっきの遺書を書いたのかもね……。
机の上には、滑り止め付きのマットが敷かれ、高級そうな万年筆が立てられている。この机を使えるなら、苦手科目の宿題も捗るだろうね。……でも、もう宿題をやる意味は無い。
「これ、もらって行こう」
ペン立てから万年筆を手に取る。見た目や重みから、高級感を感じ取れた。これは完全に泥棒だけど、罪悪感はあまり湧いてこない。
「あっ」
手にした万年筆を、床に落としてしまう。ペン先に残っていたインクが、床の絨毯を少しだけ黒く染めた。思わず落としてしまったのは、私の中の良心が抵抗しているのかもしれないね……。
「あれ? これは?」
万年筆を拾う際、机の下に金庫が置いてあるのを見つける。それは人目に触れぬよう、ひっそり鎮座している。細長い金属の塊なそれは、ライフルを入れるのにはピッタリな大きさだ。これは間違いないね。
私は1階の坂本君を呼ぶ。彼は「今行く!」という声の後、階段を大急ぎで駆け上がってきた。目的のライフルを入手できれば、彼はひとまず満足してくれるはずだね。
とはいえ、彼の左手には、3本目の腕時計が巻かれていた……。金庫の中身が、彼の酷い物欲を満たしてくれることを祈る。
……幸い、見つけた鍵はその金庫の鍵穴と合致してくれた。扉が開くと、中からオイルや火薬の臭いを感じた。
そんな臭いと共に、立派なライフルが現れた。暗い金庫の中でも、重厚な雰囲気を保っている。
「おおっ! 警察も使ってるライフルじゃん!」
さすが、坂本君は興奮を隠せていない。満足気なご様子だ。
とはいえ、銃は素人な私でも、この銃が強力かつ有力な武器であることは、すぐに察せた。ベタな例えだけど、スマホゲームのガチャで、高確率のアイテムを引けたときと同じ感覚だ。