正常な世界にて
【第29章】
私と坂本君は、ある民家の前に立っていた。遠くから時々聞こえる銃声や爆発音を除けば、ここら辺は静かだ。今いる住宅街は、駅や繁華街から少し離れた位置なので、普段はもっと静かに過ごせる場所だったはずだ。そのおかげで、少し高級な雰囲気のある一戸建てばかりが、整然と建ち並んでいる。
目の前の民家も同じく、広めな庭を持つ和風な一戸建てだ。和風といっても古臭さは無く、新建材が使われていることが伺える外観だ。
この裕福な様子だと、狩猟を楽しむ余裕があり、銃や弾薬がしっかり揃っている光景が予想できた。このまま運が向き続けてほしい。ついさっきも、警察署で撃ち殺されかけたからね……。
「銃以外もゲットできそうだよね?」
左手に腕時計を2つ巻いている坂本君が言った。そんな物欲のせいで、殺されかけたのだ……。
「もうダメだよ! リストに載ってる物ならいいけど」
昨日盗んだ酒とその腕時計でガマンしてほしい。
発達障害者は物欲に弱い。もちろん個人差はあるけど、酷い人だと自己破産してしまうらしい。リセットした以上、借金や破産も消失したはずだ。クレジットカードやスマホ決済も使えないだろうね。
だけど、物欲自体が消えたわけじゃない。彼が酒や腕時計を盗んできたのがいい証拠だ。彼の物欲はキリが無さそうで、このままだと悪い展開を迎えそう。何度も言うけど、ついさっきも殺されかけたぐらいだからね……。
特にこれから入る民家では、気をつけないといけない。相手が爺さんとはいえ、狩猟が趣味なぐらいだ。銃の腕前は確かだろう。だから、彼には物欲を抑え、冷静に対処してほしい。
坂本君がピストルを構えつつ、木製の門扉をゆっくり開ける。扉をスライドさせる音が、ガラガラと鳴った。耳がいい人間なら、家の中でも聞こえるほどの大きさだ。
10秒ほどそのまま留まり、家のほうを伺う。反応はゼロ。窓際の部屋は、1階も2階も暗いまま。
実は留守だという希望的観測が湧いてくる。今は留守だと確定すれば、猛スピードで家へ入り込み、銃と弾薬を大急ぎで持ち帰る。せっかちな彼なら、必ずそうするはず。
「留守みたい」
「……いや、まだわからないよ?」
留守を確定させたい彼だった。元々せっかちだが、今は最低限の忍耐まで壊れているのか……。
それから1分ほど待機し、反応が無いことを確認すると、彼はささっと門扉を通り抜ける。そして、そのまま玄関の前まで移動してしまった。
私はハラハラとした緊張心を押し殺しつつ、彼を追うしかなかった……。