正常な世界にて
署長室を出た私たち。この署での用事は済んだ。リストを入手できた坂本君は、もう満足気な表情すら浮かべている。
また、生きた人の気配も無かった。死臭が漂っているものの、鼻はそれに慣れつつあった。意識しなければ、たいした不快感も無いぐらいにね……。
「回る時間はあるの? 頼まれた物も調達しないといけないけど」
昼前よりもさらに前の時間帯だった。だけど、調達がまだ全然終わっていないことも考えると、リストの家を一軒一軒訪問する時間の余裕なんて無いからね。
「実は、すぐ近くに1ヵ所あったんだよ。狩猟が趣味らしい、ライフルを持ってるジジイがさ」
坂本君が指し示した先の住所は、確かにすぐ近くだった。行ってみる価値はあるね。危険をしっかり承知する必要があるけど……。
「でも、撃ってきたらどうするの? 狩りをやってる人なんでしょ?」
「大丈夫だって! 相手は80代の年寄りだよ? たぶん、もう狩りは引退していて、銃はただ持ってるだけな感じだろうさ」
坂本君はそう言った。死亡フラグと油断が丸出しなセリフだ……。もしバリバリ現役な猟師だったら、必死に土下座でもして、許してもらわなきゃいけないね。
「お前ら!! まだいたのか!!」
廊下の前方から突然、さっきの警官の怒鳴り声が直撃した……。よく見ると、銃器保管室前の床付近に、警官の顔が見える。ケガのせいで、ドアから両手と顔だけを出している体勢だ。
廊下が薄暗かったら、ホラー映画の一場面にしか見えない光景だった……。ショットガンを手にしてないことも相まって、まるでゾンビだね。
「もう帰ります! 帰ります!」
「ちょうど帰るところです!」
私と坂本君は言い返した。怒鳴られることが嫌いなのは当然だし、彼の怒鳴り声のせいで、危険な連中を呼び寄せてしまうかもしれないからね。さっさと彼の前を通過してしまおう。
「……おい、なんで腕時計を2つしてる!?」
彼の前を通過する際、坂本君のダブル腕時計が見つかった。
「……片方は署長のやつじゃないか!? おいガキ、盗んだな!? 待てコラ!!」
ああ、すっかりお見通しだ。典型的な最悪の展開というやつだね……。
警官は、怒り120%ぐらいのご様子だ。坂本君を逮捕しようと、両手を勢いよく伸ばしてくる。しかし、足のケガで倒れたままなおかげで、彼の両手は空気(死臭付き)を掴むだけだった。彼の足を撃ったヤツに、少しだけなら感謝していいのかもね……。