正常な世界にて
「不幸中の幸いで、そのジジイは身寄りが無くてさ。金目当ての家族を相手しなくて済んだ」
「そ、そう……」
他人事のような軽い口調に、私は正直引いた……。
ただ、できたばかりの「仲間」を失いたくないので、彼を非難するのはやめておく。
「今より子供だったし、ジジイ側の過失も認められて大事にはならなかったよ」
「こ、交通事故なんて愛知じゃよくあることだし、変に目立たずに済んだのはその、幸いだね!」
同調してみせた私。とっさに思いついたセリフだ。
……そしてどうやら、この二人にはウケたらしい。上手く輪に入ることができて良かったと、嬉しさと安心感が私の中で湧き上がる。
夕方近くなり、日光がオレンジ色を帯びたところで雑談は終わった。最寄り駅の下り階段をおりる直前、高校のチャイムが反響して聞こえてきた。
「バイバイ!」
坂本君はそう言うと、地下鉄車両から降りていく。彼もすでに障害者手帳を持ってて、改札機で使ったのは福祉特別乗車券だ。彼の話では、学校の友人と一緒じゃないときだけ使ってるらしい。
土曜日なので仕事帰りのサラリーマンは少なく、部活帰りの高校生のほうが目立つ。同じ高校の生徒も何人か見かけたものの、顔見知りはいなかった。
ただそれでも、後ろめたさを感じる私。あの子と私は異なる人間なんだと、ついつい意識してしまう……。
「障害者手帳って、私も取ったほうがいいのかな?」
私は小声で高山さんに尋ねる。他の話題を思いつけなかった点もあるけど、今もこんな話題しか……。
「もちろん取得したほうがお得だよ。顔写真と現住所付きの身分証としても使えるからね」
やっぱり手帳は取るべき代物なんだ。
だけど、そんなうまい話があるだろうか? 信じられない気持ちを隠せない私。
「障害者手帳を持ったからといって、選挙権を失ったりするわけじゃないから、あまり心配しなくて大丈夫だよ」
「そ、そう……」
彼女はそう言ってくれたものの、後ろめたさは消え失せない。
それに取得を決めても、両親が許してくれるかどうか……。
「親から猛反対されたりされそうなら、私が助けてあげるよ。私の親も何か手伝ってくれるはずだし」
彼女はそう申し出てくれた。その親切心に、私は泣き出しそうになるが、ギリギリ抑えることができた。