正常な世界にて
……しかし、その持ち主が撃退しようとしてきたら? 合法的に銃を使っていたとすると、猟師や射撃選手だろう。素人の坂本君が勝てるのかな?
「嫌だなあ。また怒鳴られちゃうかもよ?」
坂本君は、後の事じゃなくて、眼前の事について悩んでいる。
署長室のドアの前に、血だまりがいくつか広がっていた。死体は無いけど、ここで何人かが血を流したことがわかる。銃弾の穴だらけのドアが、ここで一悶着があったことを教えてくれた……。
だけど、ずっとここで眺めているわけにもいかない。坂本君は、そっとドアを開け、左手を室内へヒラヒラと振ってみた。怒声も銃声も聞こえてこない。幸い、この部屋は無人みたいだ。
「失礼しまーす」
坂本君が間延びした声を発しながら、署長室へ恐る恐る入る。職員室に呼び出しを喰らった小学生を連想した。
署長室は、10畳あるかないかの部屋だった。入って左手に応接セットがあり、右手には助手用のデスクと棚がある。
そして、真正面の奥に位置する署長のデスクには、古今東西一番注目を浴びる類の光景が広がっていた。署長がイスに腰かけたまま死んでいたのだ……。とはいえ、まだ落ち着いた見た目の死に様だから、スタスタと接近することができてしまった。うん、完全に慣れだね。
署長の元へ近づいてみると、デスク上に空っぽの弾薬箱や遺書が置かれているのがわかった。それから、垂れ下がった右手の下には、ピストルがゴトリと転がっている。
どうやら、ここで徹底抗戦した後、拳銃自殺を遂げたみたいだね。それでも当時は多少混乱していたらしく、遺書に記された文字は汚かった。
「1発も残してくれてないや」
署長のピストルを調べていた坂本君が愚痴をこぼす。1発も残ってないのは私も残念だけど、ここは亡き署長の顔を立て、何も言わないでおいた。
「森村は金庫を探して。ボクは手掛かりを探すから」
彼は空のピストルをポケットをしまうと、署長の服を探り始めた。探し物らしい。
私は、この署長室のどこかにあるらしい金庫を探す。憶測だけど、出入口や窓付近といった目立つ場所に、大切な金庫は置いていないはずだ。意表を突く形で、わざとそういう場所におくケースもあるかもしれない。しかし、もし発見されて持ち出される流れを考えると、それは得策じゃない方法だ。
……と、この前観たドラマの中で聞いた。署長室はそれほど広くない。探す順番には拘らず、さっさと見つけてしまおう。