正常な世界にて
強烈な死臭、奮い立つ吐き気……。
まず、ドアを開けて部屋から出た途端、正面に仰向けに倒れ込んだ警察官の死体があった。彼の死因は、頭部の破損だとすぐにわかるはずだ。なにしろ、頭部で残っているのが、左右のこめかみ部分
だけという状態だからね……。
しかし、死体はそれだけじゃない。他にも死体がいくつも、廊下にゴロゴロと転がっている。どれもこれも、この死体ぐらい酷い有り様になっていそうだ……。
「走ろう! 銃器保管室を探しながらさ!」
坂本君はそれだけ言うと、指で鼻を押さえつつ廊下を走り出した。視覚は隠せないけど、聴覚はしばらく隠せるもんね。私も同じように走り出す。ゲロゲロと吐きたくないから、必死にね。
「警察の銃は、その銃器保管室に仕舞われてるらしい」
鼻を押さえながら走る形なので、彼の口調はおかしかった。しかし、今はそれに笑う状況じゃないし、笑った途端に死臭を喰らうはずだ……。
「じゅ、銃器保管室?」
私の口調も同様におかしかった。笑いを堪える素振りを見せる彼……。笑うなら笑って、死臭を吸いこんじゃえばいいんだ。
坂本君が笑いをこぼすよりも前に、銃器保管室の前に着くことができた。点滅する蛍光灯が、そのネームプレートを弱々しく照らしている。おまけに、すっかり壊れ切ったドアノブもね……。
このドアを突破するために、誰かがドアノブを破壊したんだ。つまり、この銃器保管室でも惨事が……。
「……開けるよ?」
必死に走った分、引き返せない。私は黙って頷く。坂本君は、ドア板を押し開いた。その勢いで、壊れたドアノブが床にガチャンと落ちた。
「誰だっ!?」
開いたドアの向こうから、男の声が聞こえた。大声だけど、力を振り絞って出す口調だった。
……ロッカーにもたれかかる形で、中年男性の警察官が座り込んでいた。大柄な体格で、両腕はムッチリと太い。しかし、装備している防弾チョッキはボロボロで、両足の太もも部分は血で赤く染まっている。応急措置で止血はされていたものの、このままだと危ないのはわかる。
だけど、その警察官が私たちへ向けるショットガンは、もっと危ない……。両手にケガはしていないから、引き金は難なく引けるはずだ。
「ええっと……。ボクらは民間人です。善良な、普通の名古屋人です」
坂本君はそう言った。そのときの口調は丁寧で穏やかだ。ショットガンの銃口を向けられているんだから、必然な応対だよね?