正常な世界にて
壁に空いた銃痕の方向から考えると、その連中は、私たちみたいにガレキの山を登る形で、この2階に来襲したようだ。それがわかった途端、私は登ってきたガレキの山を見下ろしてみた。
……着いたときと同じく、誰もいない。ガレキの山やボロボロな廃車が、爆発の惨状を静かに物語っているだけだ。恐怖心や警戒心よりも、無力感のある虚しさを、伝えたがっているように感じた。
ここを襲った連中は、もういない。私はそう察することができた。連中は目的を果たし、ここをもう去っている。
「あそこにバリケードがあるから見てくる。ここで待ってて」
坂本君は警戒中のままだ。とはいえ、彼の警戒を解くための根拠を持ち合わせているわけじゃない。彼のやりたいようにさせてあげよう。
彼が恐る恐る近づく先は、事務室内の角っこ部分にあたる場所で、そこには急ごしらえのバリケードができていた。机やら衝立やらを使い、守りを固めているのだ。しかし、離れたここからでも、生きた人がいる気配は感じ取れない。それに、もしいたら、私たちに助けを求めるか、攻撃を喰らわしてきているはずだからね。
彼はきっと、潜んだ敵やトラップを警戒しているんだと思う。ズボンの腰から抜いたピストルを、しっかり前へ構えている。
「……大丈夫。いや、大丈夫じゃないねこれは」
矛盾したことを話す坂本君。バリケード内を覗き込んだ彼は、苦々しい表情を浮かべていた。どうやら、バリケード内で酷い惨劇が起きているらしい……。好奇心に負けた私がそこへ向かう前に、坂本君が急いでこっちに戻ってきた。
「あの中で何人か死んでたよ。見ないほうがいい」
彼はそう言いつつ、気持ち悪さに顔を歪ませていた。きっと、私たちが今まで見たものよりも、一層に酷い死に様なんだろうね……。そう考えると、部屋の空気が死臭で満たされているように感じた。
「アレはミンチだよマジで……」
彼の余計なセリフだ。これ以上は想像したくないのに……。
その部屋から逃げるように、私たちは廊下へ出た。好奇心に負ける形で、あのバリケード内を覗き、ゲロゲロと嘔吐するなんてバカな展開は繰り広げたくない。
ところが、部屋から出た先の廊下は、それはそれで酷い光景だった……。その光景に、リアリティー重視の戦争映画か、スプラッター物のホラー映画をテーマにした芸術作品だという設定が付いてくれるなら、私は泣くほど笑い飛ばす。
だけど、そんな都合がいい設定なんて付かなかった。これはテレビのドッキリ番組じゃない。残酷な設定だけが付く、現実の光景なんだ。