正常な世界にて
坂本君は、車を池下駅のほうへ走らせていた。昨夜の爆発現場を見てみたいのかな? 煙は上がっていないけど、危険な場所である可能性が高い。おまけに、さっきから人の姿がちっとも見えなかった。避難所へ逃げ込めたか、自宅に閉じこもっているか、それとも……。とにかく、街は不気味な一色に染まり切っている。
昨夜通過した時には無かった車が、道路上に何台も放置されていて危ない。さらに、無数の書類が風で舞い、視界の邪魔になっている。こんな道路状況でスピードを出すのは、本物のバカがすることだ。
「クソッ!」
汚い言葉を思わず吐く坂本君。思うように運転できなくてイライラしているようだね。今は亡き父も、時々こんなイライラした調子だったのを思い出した……。名古屋の男どもは、みんなこうなのか?
「銃の入手方法はどうするの?」
酷い道路状況から気をそらさせるためにも、私は坂本君に尋ねてみた。
「……あの刑事から、警察が銃をどう管理しているのかを聞いたんだよ。話によれば、警察署に銃所持者の一覧表があるってさ。あと、警察署内の銃の保管状況もね」
どうやら、最寄りの千種警察署へ向かっているらしい。しかし、警察の小池刑事からそんな情報を聞き出しちゃうとはね……。彼の勇ましさと無謀さは、ホントに素晴らしいよ。
「たくさん集める気なんだね? そんなに必要?」
私は、つい思わず尋ねた。銃を持つこと自体は否定しないけど、その規模について、疑問を挟まずにはいられなかったのだ。
「…………」
坂本君は、私の問いかけに無言だった。無視されちゃったらしいね……。嫌味に聞こえたのかもしれない。私も口を閉じた。
「……あっ、ちょうどいいかも。ちょっと降りてついてきて?」
ところが数秒後、無言を撤回する形で、坂本君がそう言い出した。彼は車を、交差点の手前で停めた。冷たさを感じる口調だったから、私は恐怖心を感じた……。彼に対してそう感じるのは、これが初めての事だ。まさか、暴力は振るわれないよね? 怖い怖い怖い……。
「殴ったりはしないよ。ちょっと見てもらいだけ」
左耳から坂本君の声が響く。いつの間にか、助手席の窓ガラスの向こう側に立っていた……。
彼の非暴力宣言を受け入れることに決め、私は車から恐る恐る降りた。そして、無言で歩き出した彼についていく。足取りが重く感じた。でもこれは、疲労や眠気のせいじゃない……。