正常な世界にて
翌朝起きたのは、朝の9時だった。六月七日の水曜日、今日は平日だ。普段ならもう、高校で1時間目の授業を受けているはず。
だけど私が今いるのは、坂本君の部屋だ。起床直後に部屋を見回すと、リセットで変わってしまった日常を、改めて思い知らされる。国は消え、家族は殺された。すっかり変わり果てたこの世界で、生き抜かなくちゃいけないのだ。
部屋の主はもう起きていて、ベッド横にいない。彼が寝床にしていた毛布は、鼻をかんだ後のティッシュみたいにクシャクシャだ。
「坂本君?」
ドアに向かって呟いた。トイレかな? いや、もう起きてどこかへ出かけたんだろう。私が寝過ごしちゃっただけだ。うん、これは恥ずかしいね……。
これから待ち受ける日常が、リセット以前のそれと、難易度が全然違うことぐらいは、もう理解できている。昨日の午後以降に起きた一連の騒動に、これからもうまく対処しなくしゃいけない。 それなのに、今朝からもう寝坊してしまったわけだ……。自分を責める気持ちが、嫌でも湧いてくる。
心の中で寝坊した自分を責めていたとき、ドアが静かに開いた。
「おはよう! 森村もようやく起きたんだね!」
両手にお盆を持った坂本君が、そこに立っていた。そのお盆には、オレンジジュースとパンが二人分乗っている。自分と私の朝食を運んできてくれたらしい。
「朝飯を食べたら、さっそく仕事に行こう」
「うん、ありがと。……学校はいいのかな?」
リセットがあったとはいえ、一応まだ高校生の身分だ。昨日は突然の臨時休校だったけど、今日はそうじゃないかもしれない。
「……いやいや、もう学校に行く必要は無いよ。部活へ行くことも、大学受験の勉強をすることも、今は不要さ」
リセットが起きたから、たぶんその通りなんだろうね。それに、昨夜の出来事を考えれば、地下鉄やバスの交通網はマヒしてるはずだし、通学は危険だ。まあ、クソ真面目な人は学校や会社へ向かったのかもしれない……。
「確かに、今日も臨時休校だろうね。けど、仕事って何?」
まさか、以前のバイトみたいに、封筒関係の仕事をやらされるんだろうか?
「物資の調達だと思うよ。まだ安全な場所を任されるはずだし、ボクはついてるから安心して」
坂本君はそう言うと、オレンジジュースのグラスとアンパンを、私に手渡した。グラスの冷たさから、停電はしていないらしい。電話やネットが死んでいる中、電気が届いているのはありがたいね。
「それに、ボクら個人の仕事もあるからね」
彼はズボンのポケットから、何度も折られたメモを取り出した。小池刑事との取引で得られた情報がそこに書かれているらしい。
もったいぶらずに、どんな取引でどんな情報なのかを早く教えてほしい! こんな世の中に変わり果てても、私の好奇心は健在そのものだった。