正常な世界にて
散歩はそれからすぐに終わった。坂本君が、私の酷い疲れや眠気に気がついてくれたようだ。彼は私の手を引いてくれる。おまけに、停電していないおかげで、階段を使わずに済んだ。疲れ切った身には、人の手や電力がとてもありがたいものだと強く感じる。
「ああ、良かった! ギリギリセーフね!」
坂本家の玄関に入ると、坂本ママが嬉しそうな声を上げた。家の掃除がちょうど終わったところらしい。つい何時間か前に、負傷と治療を経た人とは思えない、元気の良さだね……。
「寝る場所はボクの部屋? それともリビングのソファ?」
「坂本君の部屋……」
坂本ママほどじゃないけど、彼もまだ元気そうだった。私を気遣う声には、余裕すら感じ取れる。
「悪いけど、このまま寝かせてね?」
「うん。ベッドを使いなよ」
私は、靴を適当に脱ぎ捨てると、彼の部屋へ向かう。玄関から最寄りの一室だ。ドアノブを回すと、今までよりも重く感じる。すっかり疲れ切っているらしい。
部屋に入った私は、部屋の真ん中に置かれたベッドに倒れ込んだ。坂本君から見ると、ケガや空腹に耐えきれずに倒れたように見えたかもしれないね。
だけど、そんなのどうでもいい。心地良い跳ね具合でフカフカなマットレスだ。私のよりも高級品かも。
「六月だけど、掛け布団はまだいるんじゃない?」
坂本君のそのアドバイスを聞き終えたところで、私はストンと眠りについた。
――夢の世界にいたところで、私はガバッと飛び起きた。眠った時と同じく、自分の意志でじゃない。現実の世界から無理やり呼び出されたのだ。詳細は覚えないけど、過ごしやすい世界観の夢だったことだけは覚えてる。
「今の何!?」
私が言った。まだ眠いのに起こされちゃった時みたいな、怒り気味の口調でだ。
「爆発が起きたみたいだね。でも、すぐ近くじゃないから大丈夫だよ」
ベッドの横で坂本君が言った。彼は毛布にくるまる形で、ベッドのすぐそばで寝ていたようだ。ベッドを独占して悪いね。
「そう……」
私はそう返した。二度寝を誘う強い睡魔が襲ってくる。
「池下駅のほうで爆発があったみたいよ。火が勢いよく上がってる」
坂本ママが、部屋のドアを開けて言った。セクシーなネグリジュを着ていてビックリだけど、強烈な眠気には勝てなかった。その直後、再び夢の世界へ赴いたからね。