正常な世界にて
駐車場の出入口で行われていた口論は、それからすぐに終わった。終了した途端、荷物を乗せたセダンは、猛加速をかけて走り去る。その車とすれ違う歳、後部座席の幼児と一瞬目が合う。不安を隠せない目だった。
車は再び進み、伊藤の前で止まる。出入口に立つ彼は、走り去っていくセダンを見届けていた。
「……ああ、どうも。ご無事だったんですね」
坂本ママと坂本君に気がつくと、伊藤はまずそう言った。しかし、運転席の窓が割れている事や、坂本ママの負傷がわかると、少し慌てた様子を見せる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「窓はしばらくこのままガマンしなくちゃだけど、ケガはもう大丈夫よ。運良く、病院で診てもらえたからね」
お酒を治療費および消毒薬代わりに使ってだけどね。ただそれでも、出血はちゃんと止められている。
「へぇ、それは幸運でしたね。名古屋を始め、都会はどこも大変な大騒動になっている中で、応急措置を受けられるなんて」
「ええ、まったくだわ」
坂本ママはそう言うと、私や坂本君のほうを見る。
「私は車を置いたり、家を掃除したりするから、少しだけこの辺で時間潰ししといてくれる?」
どうやら、私に見せるのが恥ずかしいぐらい、家の中が散らかっているらしい……。
私と坂本君は、車が駐車場へ向かうのを見送った。ケガの具合はひとまず治まっていたようだから、車庫入れも大丈夫だろう。
「坂本、この子が例の彼女さん?」
「うん、そうですよ。森村比奈ね」
伊藤が坂本君に尋ね、彼はそう答えた。
それは正解。ただ今は、それプラス婚約者という立場だ。ここはうまく話を合わせなくちゃいけない。
「今はただの彼女じゃなくて、ボクの婚約者なんですよ」
坂本君がそう付け加えたので、私は相づちを打つ。
「ええっ! まだ高校生なのに、もう人生の墓場入りか……。坂本、欲しい物があったら、今のうちに買っときなよ? 小遣い制になったら、アイス1本ろくに買えなくなるからさ?」
伊藤は、川の急流な速さでそう言った。私が婚約者だと信じてくれたようだけど、トゲのある話し方だね……。
男性視点だけじゃなくて、女性視点から見ても、結婚は人生の墓場だ。もう高校生なんだから、結婚に幻想なんて抱いてない。