正常な世界にて
【第27章】
坂本君の家があるセンターガーデンまでの道中は、不気味なぐらいスムーズだった。坂本ママは、信号無視を含め、車を思い切り飛ばしていたけど、ヒヤリハット事例も起きずに済んだのだ。
「0時10分前だから、ギリギリセーフだよ」
「尾行は無いわよね?」
「ノープロブレム! 覆面パトカーらしき車もついてきてないよ」
なるほど、私の両親を殺したような連中に気をつけなきゃいけないもんね。それと一応、警察の取り締まりにもね!
センターガーデン内を走る道路に入りかけたとき、たくさんの荷物を屋根に乗せたミニバンとすれ違った。この車と同じく、猛スピードだったから、突然のすれ違いにビックリしちゃったぐらいだ。
「今の車、同じフロアの中井さんじゃない? ほら、先日マンジュウをくれたさ」
「そうみたいね。こんな時間に外食かしらね?」
いや、こんな状況にそれは無いだろう……。屋根にたくさんの荷物を固定していたぐらいなんだから。
坂本君が住む、このセンターガーデンには何度か来たことがある。美味しい中華料理店とか、オシャレなカフェやら、高値なスーパーがあってね。高級店とまではいかないけど、そこそこのお値段を要求してくる店ばかりなので、私一人で行ったことは一度も無いけど……。
「ちょうど良かった。あそこに伊藤がいる」
「それなら話を通しやすくて助かるわ。任せるわね?」
マンションの駐車場の出入口に、ライト付きヘルメットを被り、メガネをかけた若い男性がいた。彼は今、その駐車場から出ようとしている車のドライバーと口論中だ。その車の屋根にも、たくさんの荷物が積まれている。
「なあ、森村? 今いいか?」
助手席の坂本君が振り向いて言った。今は大丈夫だ。
「形式的なものなんだけど、森村はボクの婚約者ということにしてくれない?」
「ええ?」
私は17歳の高校3年生だ。「法的」という言葉が仮死状態になってる世の中とはいえ、「婚約」に大人的な重さを感じる。
「……もちろん、形式的なものじゃない婚約でもオーケーなんだけどさ。ここのコミュニティに、森村を堂々と入れてもらうためには、ボクの婚約者という形を取ったほうが良さそうだから……」
坂本君は、恥ずかしそうな表情を浮かべながら話している。いつもの無邪気な彼らしくない。
「うん、喜んでオーケーだよ!」
私はハッキリとそう言った。とはいえ、私も恥ずかしさを隠せなかった……。