正常な世界にて
私は、両親が残してくれた物を、じっと見つめる。起きたのは地震など自然が起こした緊急事態じゃなくて、人間が起こした人工のそれだ。とはいえ、両親の備えが役に立つかもしれない。
なので、両親へ感謝する気持ちが湧くと同時に、死を悼む気持ちも湧いてくる。死を悲しむ気持ちもあるけど、今は悼む気持ちのほうが強力だ。順番的には、悼み、悲しみ、感謝の順番だね。
バッグのジッパーを締め、車の後方を振り向いた。もう二度と帰らないわけじゃないけど、自宅および両親に別れを告げるためだ。
建物の陰もあり、もちろんどっちも全然見えない。だけど私の心には、しっかりそれらが見える。
私はこれから、坂本家のお世話になるわけだ。もちろん、嫁入りじゃないけど、子供が実家を出る行動には違いない。
リセットで混沌とした状況でのこの行動が、百点満点じゃないのはわかってる。けれど、今の私ができる精一杯の行動だ。天国もしくは地獄にいる両親も、きっと納得してくれるはず。そう思うし、そう思いたいのだ。
後方を黙って見つめる私を乗せ、坂本家の車は走り続ける。たった今通過した交差点は赤信号だったけど、脳内で自問自答などの会議が繰り広げられている私には、どうでもいい話題に過ぎない……。
いや、もはやそう考えちゃう人間は、私だけじゃなく、みんなそうなのかもしれない。このみんなというのは、障害の有無はもちろん、命の有無も問わずにね……。