正常な世界にて
……自室で私は、タンスの中を引っ掻き回している。普段なら上品かつ丁寧に、部屋着や外出着を決めているところだ。しかし、今の私にそんな余裕はサラサラ無い! リセットで無政府状態に陥った社会と同じく、私の脳内は、酷い混沌模様を繰り広げている。
私はパニック障害持ちじゃないけど、ひょっとすると、こんな状態なのかな? もし今、精神科で診察を受ければ、精神障害者手帳が昇級間違いなしだ! 障害年金も貰えるかな!?
必死に服探しをしながら、こんな考えが頭を飛び回る。典型的なADHDの脳だねホント……。
「なあ、森村? しばらくウチで住まないか? 十分ビビらせたけど、さっきのヤツラがまたやってくる可能性が高いしさ?」
坂本君が、自室のドアの向こう側からそう言った。
ありがたい申し出だ。嫌味じゃなくて、ホントに心からありがたい。
私が探すべく服は、内用の室内着じゃない。外用の外出着だ! ちょうど手にしたのは、シンプルな柄のロングスカートだった。母に去年買ってもらった、お気に入りの……。うん、思い切って履き替えよう。
「あの人たちにギロッと睨まれちゃったわよ? 危ない危ない」
「う〜ん、顔と車を覚えられちゃったなぁ……」
「家に帰ったら対策を考えましょ。あそこにいれば大丈夫よ」
「かなり忙しくなるね」
車の前部座席で、坂本君と坂本ママが話している。開き直り含んだ感じの口調だ。以前から思っているけど、本気で見習いたい姿勢だね。今は強くそう思う。
坂本君の自宅へ向かう車内で、後部座席の私は、自宅から持ち出した携帯ラジオを操作している。手回し発電で使えるエコな災害用品だ。東南海地震に買った物だった。今は亡き両親がね……。
『東京都で核爆発が発生したとの情報ですが、つい先ほど確認が取れました。現時点で、名古屋市内のモニタリングポストに、異常な数値の放射線数値は観測されていません。冷静な対応をよろしくお願いします』
冷静かつスラスラとした口調の声が、ラジオから流れている……。世界中の国々が無政府状態に陥っただけじゃなく、核戦争まで始まってしまったのか? 名古屋も都会だから、他人事の話じゃない。
私は、夜空をそっと見上げた後、持ち出した荷物が詰まるボストンバッグの中をのぞく。暗いバッグの中で、安定ヨウ素剤入りの白っぽいボトルが存在感を放っていた。ガイガーカウンターもすぐそばにある。これらも、今は亡き両親が買った物だ……。