正常な世界にて
パァーンという軽い発砲音が、残酷に鳴り響く。ここは室内な分、銃声が重く大きな音に感じた。とはいえ、坂本君が、怖気づかずに撃ってくれたのだ。彼の勇気ある行動に感謝だね。
「ぐうっ! 痛い、痛いぞ!!」
夫が右足を押さえながら、家の廊下で倒れこむ。私と坂本君までの距離は、1メートルあるかないかだ。坂本君がもし撃たなかったら、夫のバットで殴られていただろう……。
過剰かどうかは脇へ置き去り、これは立派な正当防衛だ! 坂本君はちゃんと警告していたしね。
「酷い! なんてことを!」
妻が怒鳴りながら、倒れた夫のほうへ駆け寄った。怒りに任せて、それ以上近寄ってこないよう、坂本君はピストルの狙いをしっかり彼女へ向けている。
銃の威力はホントに強いね。今の1発で、この夫婦やチャラ男二人は、すっかり意気消沈している。反撃できなくて悔しそうだ。
ただ、銃は頼もしくもあるけど、怖くも正直感じる……。もしこの場で銃を持っているのが坂本君だけじゃなくて、この夫婦やチャラ男もだったら、撃ち合いになっていた。坂本君が、西部劇のカッコいいガンマンだったら別だけど。
「お前ら覚えてろよ!!」
すっかり使い古された捨て台詞を吐きながら、妻はケガした夫を連れていった。玄関まで運んだところで、チャラ男二人が交代する。夫が流した血のせいで、廊下のフローリングが汚れてしまった。雑巾を投げつけて、キレイに拭き取らせるべきだったかな?
「仕返ししたかった? 今からでもしてくる?」
夫婦たちが立ち去った後、坂本君が言った。彼は私に、ピストルを渡そうとしてくる。
「……ううん、もういいよ」
私がそう言うと、坂本君は黙ってうなずきながら、ピストルをポケットにしまった。
仕返しはやらないと、私は言ったわけだけど、廊下に転がったままの金属バットを見た途端に、それを撤回したい気分になる。まだ濡れて新しい血が、バットの表面で刺激的に輝いていたからだ……。
やっぱり殺すべきだ! これは私だけの問題じゃない! 奴らは、障害者殺しの思想を持つ、前時代的で危険な思想の持ち主だ! そんな奴らは殺してしまうべきだ!
正義を語る声が、私の頭の中で連呼される。これは外部からの声じゃなくて、自分から発した声のはず……。