正常な世界にて
【第26章】
中年夫婦は二人とも、血で赤く汚れまくった服を着ていて、顔や手には血を拭った跡が残っていた……。血の汚れや拭った跡は、平然とした二人の様子から、まるで模様のように見えてしまう。
そんな赤い模様みたいな姿に、派手な付け合わせを添えるかの如く、血塗られた金属バットと、血が滴り落ちる包丁が現れた。健全な文化を慈しむ役割を果たしていたそれらは、不健全な文化を慈しむ役割を果たしているようだ……。
坂本君は、そんな夫婦に対峙する形で、廊下とリビングの境目に立っている。しっかり構えたピストルが、彼らをしっかりと威圧していた。
「ボクは? ボクはということは、そっちの女の子は、ココの住民なんだな? そこで死んでるヤツらの家族なんだな?」
「そうだと言ったら何? 女の子供が欲しいなら、自分らでつくればいいじゃん? さっさと帰って寝ろよ」
坂本君は、ピストルを構え、銃口をしっかり夫婦の男のほうへ向けている。男の口調は静かだったけど、それには不気味な静けさがこめられていて、恐怖心を感じさせる。坂本君が銃を持っていなければ、
「……いや、男も女も子供はいたさ。だがもう……」
「そこのお前もそうなんだろう? 奴らの仲間なんだろう?」
夫婦の妻のほうも喋り始めた。責めるようなキツイ口調だ。
「奴らって何?」
そんな口調にイラッときた拍子に、私は逆に問いかける。
「私の大事な双子ちゃんを殺した奴らのことだよ!」
さらにキツイ口調だ。初歩的な質問にも関わらず、気に障ったらしい。
「人違いだろ? この子の両親は、子供を殺すような習慣は持ってない。……そうだよな?」
「持ってない!」
両親は、発達障害による強い拘りのせいか、法律や校則やマナーを守れとうるさかった。うるさくないのは、スピード違反ぐらいだ。
……その両親がすぐそこで死んでいる事実を、改めて認識した私は、悲しい気分にまた落ちこむ。しかし、こんな状況で失神したら、必死に警戒中の坂本君に迷惑だ。そこで私は、残酷にこみ上がってきた悲しみに、必死に耐えることに決めた。
「アタシの幸雄と幸雌はね、お前たちみたいなキチガイに殺されたんだ!」
妻が言った。憤怒に満ち溢れた口調だ。夫婦は両方とも40代に見えるから、健康的な子供をリメイクするのは難しいのもしれない。
「ああっ、それはお気の毒に。だけど、ボクや彼女や家族は精神障害者じゃない! 発達障害者なんだよ!」
私と坂本君の障害者手帳は、精神障害の物だけど、あくまで「名義借り」の扱いなのだ。しかし、坂本君的には、精神と発達を一緒にしてほしくないようだ。