正常な世界にて
自宅のドアは、工具か何かでこじ開けられていた……。ドアの表面には、凹みや足跡がいくつもできている。私の不安バロメーターは限界に達し、ポケットから取り出した家の鍵を落としてしまったほどだ。カチャンという落ちた音が、不気味に大きく聞こえた。
私は鍵を拾うことも忘れ、ドアを大急ぎで開け、自宅内に飛びこむ。勢いよくドアを開けたせいで、すぐ後ろの坂本君にぶつかりかけてしまった。しかし今は、平謝りする余裕すらない。
自宅に入り、廊下の先にあるリビングに視線を集中させる。リビングの明かりはついていたものの、人気が全然感じ取れない……。電灯をつけたまま外出してしまったような雰囲気なのだ。
私は靴を乱暴に脱ぎ捨てると、玄関からリビングまでの廊下を、体育の百メートル走のように全力疾走した。下の階の住民から、足音がうるさいと苦情が入るかもしれないけど、今はそれどころじゃない。
……リビングの床を片足が踏みこんだ瞬間、私は思わず失神しかける。最悪な現実が、私の心を、脳を、全身を劇的に打ちのめしたのだ。その過酷な現実は、高山さんが真相をカミングアウトしてきた時のものよりも、さらに酷いものだった……。
両親は、リビングのテーブルで死んでいた。私は警察でも医者でもないけど、そのすっかり変わり果てた姿を見れば、誰でも死亡の判断を下せると思う。
父は、テーブルに頭をうつ伏せに乗せる形で死んでいた。鈍器でひたすら殴られ続けた事がわかるぐらい、父の頭部は小さくなっている……。品種改良で大きく育ったトマトが、熟れ過ぎた後に潰されたような感じだ。テーブル上に広がる血溜まりは、父の潰れた頭部から流れ出たものだ。
母のほうは、イスから崩れ落ちた形で、テーブルの下で死んでいた。母は首を何度も切られたらしく、テーブルやイスの下に血の海を広げている。
普段何気なく食事をしたり、テレビを観ていたリビングが、今や凄惨な殺人現場と化していた……。私が嫌でも受け取らされたものは、両親の無惨な死に様と、酷い殺人現場だけじゃない。
乱暴にブッ壊された日常、少しは期待していた未来、懐かしさが生まれつつあった過去。それら3つの大切なものが、粉々にされてしまった。ジグソーパズルのように組み立て直せないほど、ホントに粉々とだ……。元通りに再生できない以上、その粉はただ風化されていく。
「どうして? どうして? どうして?」
私は疑問の言葉をリピートする。いつの間にか、私の体を支えてくれている坂本君への疑問じゃない。殺した犯人に対してでもない、目の前で繰り広げられる現実そのものい対してだ。一度も会ったことが無い神様に対してと言ってもいい。