正常な世界にて
【第25章】
『関東地方から届いた未確認の情報ですが、東京都で核爆発が起きたとの事です。東京都の方向で、大きなキノコ雲が上がっているとの目撃情報が、何件か入っておりまして、現在確認を進めています。詳しい情報が入り次第、お伝えします』
車のラジオから流れるアナウンサーの声は、不気味に淡々とした口調だった。
核爆発? キノコ雲? デマじゃないとすると、正午に流れたリセット宣言ぐらい衝撃的なニュースだ。しかし、心に受けた衝撃は、聞いた時の一瞬だけで、自分の考え事にすぐ戻る。
『次のニュースです。海外の消息筋によりますと、太平洋上でアメリカ軍と中国軍が戦闘状態に入ったとの事です。ただ、両国から、宣戦布告を含む一切の発表はされておりません。こちらも現在確認を進めています』
これまた衝撃的なニュースだ。このニュースが事実だとすれば、東京で核爆発が起きたニュースも事実に違いない。
だけど私には、その2つの重大ニュースについて、しっかり考える余裕は無かった。私は今、ついさっき事故死した、いや、死なせてしまった斧男の件を考えている。
あの斧男は、私たちを完全に敵だと決めていた。それだから、初対面のときはチェーンソーで、さっきは消防斧で襲いかかってきたのだ。斧男が殺意むき出しで、私たちを襲った理由は、自宅へ大量の手紙が送りつけられた事が原因だ……。
送りつけられた斧男は、自宅に直接やって来た私と坂本君を、送り主だと判断した。その判断は確かに間違ってないけど、私たちは指示された仕事をやっただけで、真相については何も知らなかった。全然怪しいと思わなかったわけじゃないけど、真相がわかればすぐに、その仕事を辞めていたはずだ。
だから、刑罰を受けたり、罪悪感を抱く義務は無い。しかし、気分は全然スッキリしない。正当防衛かつ事故とはいえ、元々悪くない人間を死なせてしまったわけだ……。
あの斧男はきっと、自分を苦しめた相手とか、真相を何一つ知らずに死んだに違いない。その一方で、すべてじゃないけど、私たちは真相を知っている側の人間だ。それだけでも、このモヤモヤな罪悪感の原因だね……。
「どれだけ薬をもらってきたの?」
運転中の坂本ママが、突然尋ねた。彼女の右腕の一部分には、包帯が巻かれている。ケガは軽く済んでいたらしく、運転しても大丈夫だそうだ。
「……半年分ぐらい。母さんが飲んでる薬もあるよ」
坂本君が答えた。ぶっきらぼうな口調なので、彼も何か重苦しい事を考えていたみたいだ。間違いなく、斧男の件だろうね。