正常な世界にて
ガキィーン!
高い金属音が大きく鳴り響く。消防斧の刃先が勢いよく、ドアにぶつかった音だ。ドアがビシッと動く。
薬品保管室のこのドアは、堅そうな金属製で、内鍵は外からは解除できない仕様だ。そして、廊下からの出入口は、このドアだけみたいなので、これで安全だね。
……ところが、安全や平和というのは簡単に獲得できないものらしく、ドアは万里の長城にはなってくれなかった。
斧男は、このドアが金属製だとわかっているはずだけど、諦める様子はなく、ドアを何度も斧で叩き続ける。その度に、うるさい金属音が鳴り響いた。狂ったように、いや狂っている形で、斧を何度も振り下ろしているのだ……。その諦めずにひたすら努力する姿勢だけは、現代人に見習ってほしくなっちゃうね。
その努力が実ってしまう形で、ドアが少しずつ変形をし始めた……。消防斧の頑丈さだけじゃなくて、斧男の馬鹿力がとてつもないようだ。
「下がれ!」
坂本君が私を背中側へ回す頃には、ドアに裂け目が生じていた。小さな裂け目から、斧男の上気した顔が見える。
「覚悟しろよ!」
斧男がその裂け目から叫んだ……。あと少しだとわかり興奮したのか、斧の攻撃は勢いを増す。裂け目がどんどん広がる。裂け目に腕を通して、内鍵を解除されたらオシマイだ……。
「クソッ!」
このままやられてたまるものかと、坂本君は部屋のどこかからか、消火器を持ってきた。
彼は消火器から伸びるホースの先を、ドアの裂け目に向けた。そして、斧男が避ける前に、中身の消火剤を噴射させる。
「ううっ……」
ようやく、弱々しい口調を見せた斧男。さすがに、顔面への消火剤噴射はたまらないらしい。斧男は、消防斧を床に落とし、消火剤まみれの顔を両手で覆った。消火器は空になったみたいだけど、ドア破壊をしばらく喰い止められる。
「鎮静剤だ、鎮静剤」
坂本君はそう言うと、この薬品保管室内に並ぶ棚を物色する。なるほど、鎮静剤を斧男に注射してやるんだね。ピストルをぶっ放しても良さそうだけど、やっぱり銃声を出すのはマズイもんね。私ももちろん手伝う。急がなきゃ、斧男がドア破壊の仕事に戻るのは確実だからね。消火器噴射で、さらに怒っているだろうし。