正常な世界にて
「財布の中身を見せろ!」
「コイツ、障害者手帳を持ってるぞ!」
どうやら、アンチ障害者なヤツらみたいだね……。もちろん、私たちの敵というわけだ。ヤツらは、車からメガネをかけた男性を引きずり出すと、凶器も使うリンチを始める……。男性の悲しい叫び声が、チラホラと聞こえてきた。胸が痛くなる光景だけど、私たちはスルーしかない。銃を持っている様子はないけど、ヤツらが醸し出す雰囲気は、暴徒よりも残酷さが断然上だった……。口論すらもしたくない。
坂本ママもそう感じたらしく、車のスピードを上げる。勇ましいエンジン音が唸り始める。
「おい!! 逃げるな!!」
私たちはスルーしたかったけど、ヤツらはそうしなかった。怖くなり、119番じゃなくて110番通報する私。圏外なので、当然繋がらない……。
スマホを耳に押し当てつつ、リアウィンドウを恐る恐る見る私。アンチ障害者の連中が、必死に追いかけてくる。走れるゾンビたちが主人公の車を追いかけてくるシーンを、和風で地味にした具合の光景だ。幸い、そいつらは100メートルも走らないうちに追跡を止めてくれた。他の逆走車もうまく振り切れたみたいだね。
「あの刑事からチラリと聞いたんだけど、収容所から脱走したり退院したヤツラの一部が、ボクらへの報復をやり始めているらしいよ。正義を持ってる分、単純な暴徒よりもメンドクサイね……」
坂本君は、バックミラーを嫌そうに見ていた。嫌悪感が丸出しだ。
とはいえ、私も抵抗感と共に、嫌悪感が起きるのを否定できなかった。強制収容所で何があったのかまでは知らない。でもそれへの報復は、暴虐を振るった本人たちだけにしてもらいたいね……。
抵抗感や嫌悪感がまだ残る中、車は名大病院に到着した。腕の負傷にも関わらず、坂本ママは名大病院まで車を完走させられたわけだ。ひょっとすると、坂本君に運転を任せたくなかっただけかもしれないけど……。
「帰りはボクが運転するよ」
「……それは勘弁して? 病院に戻らなきゃいけなくなるからね?」
う〜ん、やっぱりそうなのか? というか、無免許運転をしたことがあるというわけだね……。
「信用してほしいな。トラストミー」
その時、坂本ママが急ブレーキを踏んだ。突然の急停車で、舌を噛みかけた坂本君。私も危うく、前のシートに顔をぶつけかけたよ……。
坂本ママは、頭を前のめりにしている。病院の駐車場内が大渋滞な点もそうだけど、彼女の視線は上を向いていた。