正常な世界にて
店のドアを叩くというか攻撃する音や振動は、かなり大きくなっている。それに比例して、強盗の大声もそうだ。キッチンのここまで、しっかり聞こえるぐらいだから、そうとう乱暴でヤバい強盗だろう……。小池刑事に任せるしかない。
「はいどうぞ」
家に来た子供にお菓子を出すような口調で、坂本ママは言った。彼女が開けた隠し扉の向こうは、煙突の中みたいな縦穴があり、足元にハシゴの上端が見えた。サビが見えるけど、まだ壊れてはいないようだ。
「レディファーストだから、お先にどうぞ」
坂本君が言った。
「あら、森村ちゃんがスカートだから、気を利かせてあげたんでしょ?」
これは坂本ママ。そうだ、スカート姿の私より先に、坂本君を降ろさせるのは、健全な青少年教育上よろしくないね。まあぶっちゃけ、彼になら見られても困らないけど……。
バキィ!!
店のドアのほうから、木が割れる音が響いてきた……。
「おいやめろ!! 撃つぞ!!」
小池が警告している。今にも発砲しそうな雰囲気だ。威嚇射撃でこの場が収まるなら、それに越したことはないけど、さてどうなることか……。強盗および加勢してくる連中は、どれだけいるのかな?
ビルの外に出たとして、それからどうする? それどころか、今夜を生き残れたとして、翌日以降はどうすればいい?
「森村!」
坂本君に促され、私の悩みモードは強制停止した。そうだ、今は悩む時間ではなく、行動する時間なのだ。今は動こう。
私は、一気に沸き立った勢いに自分自身を任せる感じで、ハシゴを降り始めた。ドアを攻撃する音や大声は、かなり小さく聞こえてくる。これは過集中かな?