正常な世界にて
「新米ボウズは死んでた。どこかで腹を撃たれたらしかった。ボウズをリンチしてた連中から聞き出したが、どいつもこいつも何も知らなかった。それどころか、このパトカーが、サイレンも鳴らさずに突っ込んできたと言い出した。……確かに、倒れた街路樹があったが、車をひっくり返してリンチなんてしなくていいはずだろ!?」
私に同意を求める小池。だけど、私は目撃者でもない。無責任に同意しちゃっていいものか……。
「パニックと集団心理のせいだろ? 現在進行形で、アンタのお仲間が撃ちまくってるみたいだぜ?」
坂本君が、目の前の警察無線を指差しながら言った。
『撃て撃て! 一人も突破させるな! そっちからも来るぞ!』
警官の必死な声と一緒に、銃声が何度も聞こえてきた。暴徒たちを皆殺しにするような気迫が伝わってくる。入り交じった音声からだけでも、殺すか殺されるかという酷い光景が繰り広げられているとわかってしまうほどに……。
「……彼らだって撃ちたくないさ。こんな状況で必死になるのはおかしくないだろ?」
今度は、私と坂本君の両方に同意を求めた。オペラで見かける、演者が神様に祈りを捧げるシーンのように感じた。同意のフリだけでもしてあげようと思い、私は黙って、頭を上下に振った。一方の坂本君は、聞かなかったフリをして、警察無線にまた耳を傾け始める。
「……彼らがボウズを殺したわけじゃないとはいえ、私の怒りは収まらなかった。パトカーの破壊とリンチは、彼らがやった事だったからな。しかし、その場にいた連中は、警察が悪い、コイツが悪いと、居直り始めた。そんな態度に、私の怒りはさらに酷くなった。……他人事みたいな言い方で悪いが、その時はホントに感情がコントロールできない状態だったんだ。おかしな犯人が、弁護士経由で『自分を見失っていた』とよく言う理由が、今になってわかったよ……」
小池の話しぶりが、弱々しくなってるなと感じた。長話もそうだけど、今日は今年一番激務な一日だったんだろうね……。
「……私はまた撃った。狙いも定めずに何発もな。辺りにいた連中はみんな、一目散に逃げてったよ。撃ち終わったら、いなくなってた……。しかし、辺りのどこかからか、たくさんの視線を感じる。冷たくて鋭いやつのな。連中は隠れつつ、私を襲う事にしたんだろう……。怖くなったさ。例のあのビルで、カウガール気取りの嬢ちゃんに襲われたときよりも、ずっと強い恐怖をな……」
他人の恐怖心はわからないけど、あの奇襲よりも怖いということは相当のものだろうね。