正常な世界にて
彼は学年トップクラスの美少年で、女子と一部の男子に輝かしい存在だ。彼が美少年かどうかは、私自身も賛同できる。
名前は坂本鳴海。艶のある黒髪で、校則ギリギリの長さ。ツンツン状でやや下向きの寝癖がついていた。本人いわく天然物のクセ毛との話。男臭くない綺麗で爽やかな雰囲気で、可愛げのあるイケメンという評価がしっくりくる。
学力は中レベルだけど、運動は万能なほう。入学後の体力測定以降、あちこちの運動部から勧誘されていた。その中で彼はサッカー部を選ぶ。まだ補欠の身分だけど、FWとして期待されてるそう。
……遅刻した彼が受けた処分は、下限字数有りの反省文だ。遅刻は今回で五回目らしく、ついにこんな処分が下った。
「坂本君! アタシが代わりに書いてあげようか?」
一日最初の休憩時間に入るな否や、坂本君の元へ女子が近づいていく。あの堂々と親しげな様子からすると、めでたく付き合っているんだろう。
「いいよいいよ。書き物は嫌いじゃないから」
これはまあ感心できる。たいていのバカ男子は、喜んで代筆を任せるところだ。
「きゃあ! えらーい!」
別に偉くない。それが普通なんだ。
……あれ? ここで私は、ちょうど一週間前の土曜日を思い出す。
坂本君はその日も、恋人らしき女子と楽しげに過ごしていた。今そばにいる子とは違うけど……。よく思い出せば、さらにその前週とも違う。
「坂本君は女たらしだよ」
高山さんが、私の思ったことを代弁してくれた。いつのまにか背後にきていた彼女は、私の両肩に手をそっと置く。
「ワタシは断わってやったけど、森村さんも気をつけたほうがいいよ?」
そう心配してくれた。
「別に好きなタイプじゃ……」
嫌いなタイプでもないけど。
「ADHDの人は衝動的に恋愛したがるの。だから、森村さんは特に気をつけないとね」
ああやれやれ、本当に嫌な病気、障害なんだね。
……んっ? 衝動的に何かをしたがるということは、ひょっとして彼もADHDだろうか? 遅刻しまくってる点もあるし。
「実はね。彼もADHDなんだよ」
考えを当てられたらしく、彼女が教えてくれた……。
「このあいだ、壁ドンして聞きだしたの。小学生の頃から通院しているんだってさ」
彼女はペラペラと喋った。私も当事者とはいえ、こう言いふらしていいのかな?
それにしても、高山さんが坂本君に壁ドンなんて、ドラマチックな光景だったろうね。美少女に美少年という、普通じゃない幻想的なひとときのはず。