正常な世界にて
初老刑事の前には、ウィスキーのビンやグラスが置かれている。仕事をサボって飲酒かと、私はつい愚痴りたくなった。消費税ぐらいしか払ってないけど、私も納税者だ。
「そんな顔するな。私も精一杯やったんだ」
不快そうな表情が顔に浮かんでいたらしく、彼はそう言った。
「じゃあ一体、何をやってきたの?」
私は思わず尋ねた。
「そうそう! それを聞きたくて、ここにやって来たんだよな? 森村はホントに好奇心がヤバい!」
坂本君がニヤニヤしながら言う。ちょうどいい質問だったようだ。 それなら早く聞きたい! 銃撃戦と水素爆発有りの地下鉄に乗り、線路をウォーキングした上に、催涙弾を喰らってまで、ここに来たんだからね……。洗いざらい話してもらわないと、納得いかない!
「わかったよ。捜査情報も含めて、すべて話してやる。どのみち私は、適当な理由で逮捕されるだろうしな」
捨てセリフ調にそう言った。すごく嫌な出来事が、彼の身に起きたばかりなのは間違いないけど、今は話を聞くほうが大事だ。
「私がよく注意してなかったせいで、石田を死なせてしまった。私がこれから話すのは、それも理由だ。じゃないとヤツも浮かばれん」
「石田?」
「私と一緒にいた若い刑事だよ。ヤツは、刑事課に配属されたばかりの新人でな。自分から刑事課を志願するような、やる気のあるヤツだったよ……」
やっぱりあの若い刑事は死んじゃったんだ。きっと、あの爆発にやられたんだろうな……。
「お前たち関係の最初の事件が、ヤツの初捜査だった」
「だからボクらは関係ないって!」
坂本君が大声で言った。彼はカウンターの少し離れた席に座り、鮮やかな色合いのジュースを飲んでいる。
「それはわかってる! つまり、最近の障害者絡みの事件だよ。もう疑ってない」
初老刑事は言い返した。わかっていたけど、私や坂本君は警察に疑われていたみたいだ。まあ、主犯格の高山さんとよく一緒にいたから、疑われるのは仕方がないかもしれないね。いい気持ちにはならないけど。
「ヤツは、一連の事件の背後に、未知の巨大な組織がいるはずだと言っていたが、私は真剣には取り合わなかった。暴力団やどこかの工作員絡みだと思っていたんだ。オレがようやく正体を確信できたのは、ヤツが爆発で死んでからだった……」
初老刑事は、話すのもつらそうに言った。悔しさもあるが、悲しさのほうが強い印象を受けた。