正常な世界にて
だんだん、目を開けられるようになってきた。目の痛みは治まり、涙はもう流れない。あまり明るくない場所らしく、つぶっていた目を開けても、眩しく感じなかった。
私が目を開けると、坂本君は安堵の表情をチラリと見せてくれた。私を強い力で引っ張りつつも、ちゃんと心配してくれていたようだ。
連れてこられた場所は、やはり坂本母のクラブだった。テレビドラマとかで、飲み屋のクラブを見た事はあるけど、実際のクラブに入ったのは、もちろん今回が初めてだ。
座ったまま周囲を見回せば、テレビで見たクラブと実際のそれは変わりない。天井に吊り下げられたシャンデリアは、暖色で優しい光を提供する。しっかりした造りのテーブル上には、重厚なガラス製の灰皿が置いてあった。私が今座っているソファも含め、どれも高級感が備わる。
かなり高級なお店なんだろうな。洋風のオシャレながら、厳かさも兼ね揃えた立派な雰囲気だ。家や学校、普段行く店とは別世界。
「ハイッ」
坂本君が、氷入りのオレンジジュースが入ったグラスを手渡してくれた。これぐらいの店だと、オレンジジュース一杯も高値なんだろうね。タダとはいえ、値段がつい気になる。
カウンターの向こうにある棚には、一口分だけでも高く取られそうなお酒のビンが、整然と並べられている。カウンター席には、スーツ姿の初老男性が一人座り、私たちをそっと見ていた。見覚えのある顔……。
「ケガしてないか?」
その男が私に言う。彼は、あの初老刑事だ。金山近くのビルで、銃撃から爆発という派手な流れから、彼も生き残ることができたらしい。
ただそのスーツは、ヨレヨレでシワがよく目立つ。ネクタイを締めず、ワイシャツの襟はダランと開けていた。仕事中か休暇中なのかも微妙だ。
あと気になるのは、彼の疲れた風貌だけでなく、相方の若い刑事がいない事。ああ、彼は生き残れなかったのかもしれない……。
「だ、大丈夫です」
「そうか。今は警察官の数が少なくてな。本音を言うと、無法者どもを抑えつけられるかは五分五分だ」
彼は、出入口のドアを指す。外からの騒音が、ここまでチラホラ聞こえてくる。爆発音や銃声も時々聞こえてくるから、状況が悪いほうへ転がっている事ぐらいは、高校生の私でも理解できた。とはいえ、現役の警察官から、そういう気弱な話は聞きたくない!