正常な世界にて
普通の日本人である私は、するりするりと滑らかな動きを披露しつつ、歩道を進む。幸い、暴徒は私には目をくれず、破壊や略奪の仕事に集中してくれた。あれも一応、過集中なのかな?
「おい、と、止まれよ!」
交差点角のコンビニの前で、三人組の若い男たちに立ち塞がれた。進路のジャマだから、言われなくても止まる。
「お、俺たちと遊ぼうよ!」
真ん中の男が言った。典型的で古臭いナンパのセリフだね……。
その三人組の男は、どいつもこいつもイケメンではなくて、フツメン以下か未満といった外見を晒していた……。おそらく二十代で、女性経験に恵まれてなさそうな顔つきで、子供みたいなファッションセンスを持っている。おまけに、強そうな体格をしているわけでもない。グッドな要素といえば、ハゲじゃないことぐらいだね。
「…………」
正直相手したくなかったので、回答なしで無言の私。
「シカトしないでよ」
また、真ん中の男が言った。他の男二人は、かなり緊張しているらしく、目が泳いでいる有り様だ。この中でコミュ力が少しでもあるのは、この真ん中の男だけのようだね。まあ、三人とも立派な陰キャラだ。
「こんな時だからさ、俺たちが守ってあげるよ?」
余計なお世話でしかない。私の場合は極端だけど、チェーンソー男や狙撃をされた経験など、この男たちには無いはず……。ぶっちゃけ、私のほうが生き残れる確率が高いね。
「な、名古屋自治政府です! 我々は名古屋自治政府です! 非常事態宣言を発令中です! 反社会的な行動は止め、ただちに帰宅してください!」
東隣りの交差点から、スピーカーによるアナウンスが聞こえてきた。新栄駅で暴徒が言っていた、名古屋の役人たちによる政府の事に間違いない。これで秩序が回復するかな?
「うっせぇぞ!!」
「誰が帰るか、バカ野郎!! お前らが帰れ!!」
そう簡単にはいかないらしいね……。暴徒たちは、すっかり無秩序の中で生きているようだ。いくらか野生に還ったかのような雰囲気を醸している。
「ただちにこの場から離れなさい! 愛知県警、いや、名古屋自治警察が強制排除を始めますよ!」
アナウンスの女性が大声で告げたが、その声は震えている。強気で偉そうな口調じゃないから、彼女は愛知県警ではなく役所の人間だろうね。どういう意志を持って、その仕事を担っているのかが、私はつい気になった。
「さ、さぁ、俺たちと一緒に行こう」
陰キャラ三人組のさっきの男が、しつこく言ってきた。さて、無視するか、強気で断ってやろうか?