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正常な世界にて

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 日頃の習慣もあり、私はマナカをかざして改札を通過した。ビジネスバッグやジャケットを物色中の暴徒のすぐ横を走り抜け、地上に上がる階段を全速力で駆け上がる。ただでさえ閉鎖的な地下空間に、これ以上いるのはゴメンだ。
 階段の上を見上げると、空がオレンジ色に染まりつつあった。線路を歩く羽目になったせいで、ここまで時間がかかってしまった。オレンジ色が藍色に変わる前に、店に着いておきたいところだ。
 ところが、階段を上がる私の耳に、地上の喧騒が届く。近くにあるドンキホーテの賑わいだと思いたかったけど、その願いはすぐに塵と化す……。

 パニック映画の冒頭でよく起きる大混乱シーンが、私の目の前で隆々と繰り広げられている。自分は幻覚を見ているのだと思いたくなる光景だ。普段の栄は、もう少し落ち着いている。
 車道は完全に車の流れを止め、割れた窓ガラスなどの破片が、あちこちに飛散している。店のショーウィンドウに勢いよく突っ込んでいる車があれば、横転している車もあった。
 そして、何十人もの暴徒が、車の上に乗ったりしながら暴れている。ゴミ袋に略奪品らしき物を入れている人もいる。奇声や罵声を上げながら、放棄されたパトカーを破壊している暴徒が数人いた。この様子だと、警察はここにはいないようだ。
『犯罪行為を止めなさい! 今すぐ、犯罪行為を止めるように!』
いないと思ったけど、警察はいたようだ。しかし、空を飛ぶ警察のヘリからの警告だけだ。
 警察のヘリだけじゃなくて、消防やマスコミのヘリが、栄の上空を飛び回っている。大事件の現場みたいだ。西の空で輝く夕日が、ヘリやビルの窓ガラスを照らす。
「ウェイウェーイ!」
しかし、蛮行に酔いしれた暴徒は構わずに、略奪や破壊を続ける……。破壊されたパトカーから、警察無線機がコードごと引っ張り出された。どうやら110番通報しても、バッテリーの無駄に終わるようだね。
 どうにでもなれという投げやりな気持ちが少し生まれていたけど、私は坂本君の店へ向かう。道路は車だけの空間じゃないことを立証するつもりなのかはともかく、暴徒たちの多くは道路上を歩いていた。そのおかげで、私は歩道をスムーズに歩けた。道路沿いの店は、半数がシャッターを下ろし、もう半数は略奪の被害に遭っていた。歩道のあちらこちらに、書類やレシートが散乱している。私はそれらを踏まないように、できるだけ気をつけつつ進んだ。
 私のすぐ横を、パソコンモニターを抱えた二人組の外人がすれ違う。きっと、どこかのオフィスからパソコンを盗んできたところらしい。
 暴徒の顔をこっそりよく見てみると、アジア系外人の顔が多かった。きっと、不法滞在や技能実習生崩れの悪い外人だろうね。日本語の会話が、発達障害者よりも通じなさそうだし、気をつけないと……。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん