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正常な世界にて

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 私は、これ以上ないほど恐る恐るの調子で、栄駅に近づいた。幸い、駅にいる人々は、暗い線路から近づいてくる私になんて、気がついていない。まあ気がついたとしても、今はそれどころな状況じゃないだろうけど。用心するに越したことはないのだ。

「死にたくなけりゃ、そのカバンをこっちに寄こしな!」
「どうした? いきがんな? 足元が震えてんぞ?」
そんな物騒な言葉通りに、栄駅のホームは騒然たる状況に堕ちていた……。
 血を流したまま動かない中年女性。カバンを引っ張り合う暴徒と若い男性。不気味な広告を垂れ流し続ける、一部が割れた液晶ディスプレイ。元からなのか、ボケっと棒立ちしたままのジジイ。
 普段の栄駅では、あまりお目にかかれない光景が、今目の前で盛大に繰り広げられている。まるで映画のワンシーンだ。
 数秒間とはいえ、そんな光景に目を奪われてしまった私。我に返った私は、この場をすぐに脱するべく動き出した。こんな酷い光景は、後でいくらでも見られるに違いない……。

 ホームから地上へ向かう私だったが、スタイリッシュには動けない。残念ながら私は、ハリウッド映画の主人公みたいには動けないボディの持ち主なのだ。
 暴れたり狼狽える人々の視線をできるだけ避けつつ、ホームの西側にある上り階段を目指す。怒声や悲鳴が、両耳に轟く。ついつい何度も足を止めたくなるけど、私は足を止めなかった。とても助太刀する余裕なんて無い。

 そして、昇り階段の元へたどり着けた私。
 階段の踊り場でインド人っぽい男性が、別の外国人男性の襟をつかみ、階段の尖り部分に何度も頭をぶつけていた……。頭の切り口から流れ出る鮮血が、階段を滴り落ちている。スプラッターな光景を目にした私は、階段のふもとで立ち止まってしまう。あのすぐ横を通過するなんて、巻き添えが危ない……。
 そこで、左側にあるエスカレーターが動いていたので、それで一気に駆け上がった。こっちは誰も死にかけていない。
 ところが、上階の降り口で、男女三人が折り重なり倒れていた。突然のため、思い切り踏んでしまう。踏んだ人は無反応で、たぶん死んでる。
「す、すいません」
死体とはいえ、謝罪の言葉が出る。手を合わせる余裕まではない。なにしろ、ホームより上階であるこの辺りも、暴徒による混乱が勃発していた……。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん