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正常な世界にて

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【第22章】



 地下鉄車両から降りた私は、線路の左側を歩いている。こっち側には電線部分が無いから、感電の恐れは無い。だけど、転ばないように足元には注意している。
 さっきまで乗っていた電車は、後方で緊急停止したままだ。先頭車両に運転士の姿が見えなかったので、消火器で消しに向かったかもしれない。
 今のところ、電車から誰かが追いかけては来ない。通常ならば、地下鉄の線路沿いなんて歩けば、すぐに通報される。だけど今は、非常時のさらに非常時な状況だ。リセットにより日本国家そのものが消滅した上、電車で銃撃や水素爆発なんて起きたのだ。誰も線路沿いを歩く女子高生なんて、気にも留めない。できないけど、今ここで自撮りをしてツイッターにアップしたとしても、炎上せずに終わるだろうね。

 白く冷たい蛍光灯が、一定間隔で明かりを灯しているとはいえ、地下鉄の線路はとても暗い。映画とかでよく登場する場所だから、歩き始めた時は「すぐに慣れるさ」と楽観的だった。
 ……だけど、状況が状況だけに、自然とだんだん心細くなってくる。進むべき方向は、間違いなくこちらで合ってる。何分かかるかはわからないけど、栄駅はこっちを歩けばいいのだ。
 電車が緊急停止したのは、千種駅と新栄町駅の中間だった。新栄町駅の次が栄駅なので、十分歩ける距離だ。これはウォーキングになると自分に思い聞かせ、私は歩き続ける。線路の先に、新栄駅の明かりが見えてきた。
 すると、反対側の線路に電車が走ってきた。思わず立ち止まり、身構える私。……運転席は見えなかったけど、電車全体が炎に覆われていた。火事が起きたまま、電車は走り続けていたのだ。終点の藤ヶ丘駅の先で、惨事がまた起きるね……。

 電車にあのまま残り、坂本君がいる錦のクラブに行くのを諦めて帰宅するという道もあった。だけど私は、生まれつき好奇心が強いのだ。どうせなら、少しでも早く情報を知りたかった。


 線路の先に見える新栄町駅の明かりが、だいぶ大きくなってきた。もし新栄駅が安全そうなら、ここから地上に戻って、錦へ向かおう。電車賃が少しだけ無駄になるかもしれないけど、それは仕方ない。

 パァン!

 駅が安全じゃない事は、この銃声で判明した……。電車賃は無駄にならず、ウォーキングは続行だね。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん