正常な世界にて
検査といっても、私の場合は精神障害者手帳を見せれば、それでクリアだ。ICチップ付きのヘルプマークを、カバンとかにぶら下げておけば、兵士の携帯端末で読み取るだけでクリアできるらしい。だけど、ナチスがユダヤ人につけさせた、『ダビデの星』の腕章を連想してしまうから、私はつけたくないんだよね……。
「ヤバいよ」
「どうしよう」
あの女子大生二人組が、焦りながらヒソヒソ話をしている。どうやら、彼らに正体がバレるとマズイようだ。とはいえ、私にできることは無い。彼女たちが連行される場面を、素知らぬ顔で見届けるしかなさそうだ。
「次で降りよう」
二人とも立ち上がり、前方車両へコッソリ向かおうとした。時間稼ぎをして、次の駅で降りるんだね。私もそれが最善の方法だと思った。
「おい、どこへいく!?」
ところが運悪く、気がついた兵士に声をかけられた。最善の方法イコール円満な解決じゃないのが現実だから、こうなる事も仕方ないね……。
「……リセットなんだから、こういう検査もしなくていいんじゃないですか!?」
逆切れっぽい口調で、片方の女子大生が言った。確かにごもっともだ。国が事実上無くなった今、彼らが検査をする意味も無い。
「りせっと!? なんだそれは!? ふざけているのか!?」
兵士はそう言うと、軽機関銃の銃口を向けて威嚇する。
……彼らの命令系統がどうなっているのかは知らないけど、リセットの情報が、彼らには伝わっていないようだ。リセットの事など知らない彼らは、今もこうして任務に就き続けているわけなのだ。上官から中止の命令が下されるまで、彼らはきっと永遠に続けるだろうね……。
「はぁ!? 嘘でしょ!?」
捨てセリフを言うと、二人の女子大生は前方車両へ走り出す。
「おいとまれ!」
携帯読取機を持っている方の兵士が呼び止めるが、二人は止まらずに走り続ける。車内アナウンスはずっと流れていないけど、もうすぐ次の駅に到着する頃だ。
タタタタタッ!! タタタタタッ!!
軽機関銃が火を噴き始める。当たり前だけど、危険分子だと判断されたようだ……。