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正常な世界にて

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 坂本君との連絡手段が失われ、刑事から聞いた情報を知る事もできなくなった。私は部屋の時計を見る。まだ16時少し前だ。我が家から錦までは、地下鉄で1時間もかからない。何事も起きずにテキパキと進められれば、18時頃に帰宅もできそうだね。

「ちょっと出かけてくるね! 夕食までには帰るから!」
私はリビングにいる両親に声をかけると、飛び出すように家を出た。
 明日になれば、坂本君のほうからやって来て、どんな情報なのかを知ることはできる。でも、こんな状況だからこそ、大事な情報は早めに知っておきたい。時間が経てば経つほど、どんな情報でもそれは古いものとなり、対応が手遅れという事は十分にありえるからね。


 全速力で走り、最寄りの地下鉄駅に着いた。街の雰囲気は、いつもよりもピリピリと緊迫している。走る私の足音を聞いた歩行者が、ビクリとした表情振り返ってきた。その老人は、私をひったくりか何かだと思ったらしい。
 買い溜め帰りの夫婦は、ミニバンから自宅へ荷物をドカドカと運び込んでいる。一戸建ての庭で遊んでいた幼児は、母親に家の中へ引っ張り込まれていた。
 リセットというより、世界の終末を迎えようといる感じだ。「死んで終わり」じゃなくて、「死んで生まれ変わる」という事が、リセットの正しい意味だろう。
 だけど、何も知らない人々からすれば、リセットも終末も同じ意味を持つんだろう。比較的事情通の私でさえ、この緊迫した雰囲気に包まれた途端に、そう感じてしまうのだ……。
「……遅いなあ」
私は、地下鉄駅から続くトンネルのほうを見る。トンネルの中は、蛍光灯の光が見えるだけで、電車のライトはまだ見えてこない。なかなか来ない電車に、私は早くもイライラし始めた。
 この東山線は、朝の通勤時間帯は2分間隔で運行されていて、名古屋で一番重要な路線と言ってもいい。私も通学で使っている。まあ私は鉄道マニアじゃないから、これ以上の事はよく知らないけどね。
 予定のダイヤよりも数分遅れで、ようやく電車がやって来た。遅延の謝罪アナウンスは流れない。きっと、リセット関係で公共交通機関に混乱が起きているんだろうね。遅延に怒った人が詰め寄る駅員の姿も無かった。
 この電車が、錦に近い栄駅まで動いてくれることを祈りつつ、私は電車に乗り込んだ。不幸中の幸いか、車内は空いており、ドアの近くに座ることができた。
 電車は動き出し、栄駅がある西へ向かう。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん