正常な世界にて
『ああ、なるほど。まだリセットの事をよく知らないか、ボランティア精神が強い警官なんだろな。どちらにしろ、じきに街からいなくなるよ』
そんなわけあるものか。
『警官がいなくなったら、治安が地の底まで落ちて、今よりも物騒な世の中になるからね。今夜が一番派手にヤバい。だから、少なくとも明日の朝までは、家にいろよ?』
「……坂本君は大丈夫なの? 錦って、けっこう物騒な場所じゃん」
『元々物騒なほうな事もあるから、今のところ特に何も起きてないよ。……例のおっさん刑事がいることだし』
「例のおっさん刑事?」
そう尋ねた私だったが、心当たりはあった。私と坂本君が何度か会った、刑事二人のうちのおじさんの事だろうね。
『尋問や職質をしてきた、あの刑事二人組だよ。あのビル爆発でも、なんとか命拾いできたんだね。……若いほうは死んじゃったそうだけど』
やっぱりそうだ。昼間に流れる刑事ドラマに登場しそうな、中年男性の刑事なのだった。しかし、若いほうは銃撃か爆発で死んじゃったんだね……。
「もしかして、その刑事からいい情報を教えてもらったの?」
『そう、その通り。情報提供と引き換えに、この店で保護してあげてるの。警官なのに情けない話だよね』
『保護なんて頼んでないぞ! 一晩泊まらせてもらうだけだ!』
坂本君の後ろから、おっさんの怒声が聞こえてきた。聞き覚えのある声なので、例の中年男性刑事である事はすぐにわかった。大きな怒声を上げられるぐらいだから、植物人間になっているわけじゃなくて、元気そうだね。
「私も話を聞きたい! 今すぐ電話を替わって!」
『え? 別に構わな』
ブツッ!
なんとそこで、ライン通話が切断されてしまった。通話切断はよくある事なので、めんどくさいけどかけ直すしかないね。
「ええっ?」
スマホ画面に『通話することができません』と表示された。よく見ると、Wifiは停止している……。我が家のルーターが壊れたのかと思い、不用心なお隣さんのルーターに接続してみる。だけど、やっぱりダメだった……。
つまり、ネット回線がダメになったのだ。このとき気がついたんだけど、電話回線は圏外になっていた。
これで完全に、手元の連絡手段が失われた……。リセットのせいで、大事なインフラが消え失せたのだ。この調子だと、電気や水道の喪失も、時間の問題だね……。