正常な世界にて
まずは試しに、普通の電話を坂本君にかけてみた。普段はライン通話だから、電話番号でかけるのは久々だ。もしかすると、いきなりかかってきた普通の電話にビックリさせちゃうかもね。
『現在、電話回線が大変混雑しております。時間をおいて、おかけ直しください』
何度かけても、この録音案内が流れる。やはり電話回線は、完全にパンクしているようだ。後で復旧すればの話だけど、今は何度もやっても繋がりそうにない。
電話回線がダメなら、まだ生きているネット回線に期待するしかない。東日本大震災の時もネット回線が活躍したのだ。ラインを起動し、坂本君に通話をかける。チラリと見えたが、通知数がすごい事になっていた。気になったけど、その確認は後回しだ。
『おうどうした、森村?』
坂本君には、すぐに繋がった。リセットで世間は大騒ぎだというのに、彼の返事はいつも通りの軽い調子だ。
「世界中で大変な事が起きてるね。これがリセットに間違いないよ」
『そうみたいだね。実は今、母さんの店にいるんだけどさ。なんかそれについて、面白い話を聞いているんだよ』
坂本君が言った。そのとき、電話口の向こうから「誰なの?」という声が小さく聞こえてきた。おそらく坂本君のお母さんだと思う。 彼の母親とは、学校とかで何度か会ったことがある。私の母と年齢はそう変わらないはずだけど、妖麗な美女だった。もしかすると、坂本君がイケメンなのは、母親譲りかもしれないね。ただ彼女は、名古屋錦のクラブのママだ。なので、私の母含め、クラスの母親たちからの評判はあまり良くない……。
「面白い話って何?」
思わず尋ねる私。リセット関係の話なら、今はなんでもかんでも知りたい状況なのだ。
『このリセットに関係している連中の話だよ。細かい事は、ボクからじゃなくて、本人たちから聞いたほうがわかりやすいと思うんだけど、森村は今どこ?』
「私は家だよ」
『じゃあ明日な。今日はちょっと危ないから、明日そっちで話すよ』
「え? 危ないってどういう事?」
私はそっと窓の外を見る。街のどこかからか、パトカーのサイレンが聞こえるけど、紛争地みたいな黒煙が上がっている様子は無い。
『リセットがあったろ。つまり、無政府状態になったわけだ。今は法律そのものが機能停止しているから、犯罪を取り締まる根拠も存在しないわけだ』
「……でも、交差点に警察がいたって、母が言ってたよ」
あのパトカーのサイレンもきっと、交通整理に当たる警察が向かっている音に違いない。