正常な世界にて
「もうすぐ法律で、ウェクスラーを義務化するそうだよ。確か、十歳までに受けなきゃいけないんだとか」
「なんかプリントを分けるみたいだね」
時間が相当あるときに、学校のプリントを何種類かに分ける事があるんだけど、私はそれを思い出した。漢字テストなら国語関係、化学の実験メモは理科関係という感じに分けるのだ。
「人間の分類だね」
「やっぱりあれも、リセット関係かな?」
私は振り返って、先ほどの中年女性二人組の様子を伺う。しかし、あの二人の姿は既になく、書類を受け取った女子生徒三人組がいるだけだった。三人組への周知は済んだらしい。
「リセットを仕掛ける前に、ウェクスラーで人間の分類を済ませておくのもありえるね。あらかじめそれで管理をしておきたいのかも」
「な、なるほど」
自分の身の回りで起きる事すべてが、高山さんやリセットの関係に思えてきちゃう事に、今さらながら気がついた。精神的にこれはあまり良くない傾向かもしれないね……。
「ほら! また周りが見えなくなってる。赤信号だよ」
「おおっと」
マヌケな声をつい出してしまった。目の前の道路を、車がビュンビュンと通り過ぎている。危ない危ない。
坂本君と別れ、私は自宅マンションの郵便受けの前にいる。開けた郵便受けの中に入っていた物に、私の目は釘づけになった。ここは道路じゃないから、少しぐらいここで突っ立っていても問題ないだろう。
ウェクスラーIQ検査の申込書が入った封筒が入っていたのだ。他のDMとの中で、それは存在感を放っていた。ケチな人対策なのか、『無料』の文字が強調してある。しかし、検査済みの私自身には無関係な話だ。
と思ったが、完全に無関係なわけでは無かった。宛先の名前は、両親の名前だったのだ。つまり、私の両親に、IQ検査を受けるように勧める内容の手紙が、この封筒に入っているに違いない。
なんとなく気が進まないけど、帰宅した私は、DMと一緒にその封筒を母に渡した。
「……またきたのね」
受け取った母は、嫌そうにその封筒を眺めていた。
そもそも私の母も父も、私が受けたIQ検査の結果について、あまりいい感想を抱いていなかった。親として、検査結果を、そもそも発達障害を受け入れ難いのだ……。