正常な世界にて
坂本君が、心配げに私の顔を見てくる。考え事に過集中して、今回みたいな事があると危ないからね。
「考え事するのは座っているときだけにするとか、マイルールを決めたほうがいいよ。周りが見えなくなってる事、よくあるもの」
この坂本君の忠告は聞いておくべき言葉だ。確かに、その通りだね。歩きながらスマホは危ないけど、考えながらスマホも危ない。
自分が向き合う発達障害について考えるときも、この過集中については注意しないといけないね。今まで大丈夫だったにしても、注意しないと、発達障害だけじゃなくて、身体障害も背負う事になりかねない……。
それから少し歩いていると、前から二人組の中年女性が近づいてきた。二人とも茶封筒を手に持っている。
「宗教には興味ないよ」
先手必勝とばかりに、坂本君が言った。しかし、二人の女性にひるむ様子は無い。
「宗教の話じゃなくてね。お二人に、おもしろいテストをやってもらいたいだけなのよ」
片方の女性がそう言うと同時に、もう片方の女性が封筒から書類を取り出す。
クリップ留めされたその書類には『ウェクスラーIQ検査』と書いてあった。その検査は一度、行きつけのクリニックで受けた事がある。土曜日午後の何時間かを使って、そのIQ検査を受けたのだ。積み木で指定の形にしたり、単語の意味を口で説明したりする知能テストだった。
「このテストはもう受けましたよ」
「ボクも」
私と坂本君がそう言うと、書類は封筒の中にしまわれた。宣伝用の書類だったみたいだ。
「あらあら、それは失礼」
もう片方の女性はそう言うと、二人一緒に立ち去っていった。私たちはお呼びじゃないらしい。
その二人組は、私たちの後ろを歩いていた、女子生徒三人組のほうへ向かっていく。あの三人組にも、IQ検査の事を伝えて、検査を受けるように勧めるんだろうね。
「これはボクの予想だけど、高山はああいうふうに、IQ検査を勧めるバイトをしているのかもね」
坂本君が言った。十分にありえる話だ。アクティブな彼女の事だから、ああいうバイトは得意だろうね。私の脳裏に、IQ検査を道行く人に周知する彼女の姿が思い浮かぶ。
しかし、もし彼女がそのバイトをしているとすれば、リセットに何か関係している事になるね。